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元隊長の現在
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昼休憩を知らせる鐘の音とともにぞろぞろと生徒達が教室から出てくる。
午前の授業を終えお腹を空かせた生徒達が向かう先は食堂。
各々が各々の友人達と食事を楽しんでおり、食堂内は適度な賑わいをみせていた。
過度に騒ぎ立てる者達もおらず数ヶ月前までの日常に戻りつつあるかに見えた。
しかし聞こえてくる内容は全て同じものであった。
「本当にアレどこに消えたんだろ?」
「でも見張りの風紀はいたんだろ?」
「それがさ、その時間は誰もいなかったらしいよ」
「は、マジ?だったら部屋から出ても不思議じゃないってこと?」
「ちょっと待って、部屋の前に誰もいなかったとしても鍵はかかってたんだからどっちみち出られないでしょ!」
「・・・・・・・だったら誰かが故意に逃がしたってこと?」
「だってさ~?あっちゃんはどう思う?」
そんな話で盛り上がるなかあるテーブルでは周りの空気から遮断されたように静かに料理を口に運んでいた。
1人は口許を緩ませ楽しそうに、1人はひどく不機嫌そうに。
「さぁ?」
「さぁ?ってあっちゃん冷たくない?太ちゃんのこと心配じゃないの?」
「そんなことない。僕はあの方のことを尊敬している。あの方のやることで間違ったことなんてない」
「むぅ僕だって太ちゃんのこと大好きだけどさぁ~」
「・・・・阿南こんな所であの方のことを話すべきじゃない。そもそもなんで僕がお前と一緒に食事をとらなければならないんだ」
「え~?それこそいまさらじゃない~?」
阿南はランチセットBのハンバーグをモグモグと咀嚼しながら嫌味ともとれる櫻川の言葉に返す。ちなみに櫻川の食べているランチセットAは鯖の味噌煮定食だ。
鯖を箸で綺麗に解しながら阿南の軽い言葉に僅かに眉間に皺を寄せる。
「親衛隊も解散しちゃったし、あっちゃんにはこうやってご飯を食べる相手もいないだろうと思って一緒にいるんだよ?」
「それこそ余計なお世話だ。阿南、その口振りだと親衛隊がなくなって後悔しているように聞こえる」
「あはっ、それこそないでしょ。・・・・・・あんなの太ちゃんの為に決まってるじゃん。じゃなかったら誰が好き好んであんな我儘集団の頭になんてなる?」
「阿南言葉を選べ」
「誰も僕達の話なんて聞いてないよ。別のことに興味津々だからね」
そう言って阿南は周りに目を向ける。
阿南の言う通り周りの生徒達は校内でも有名な会長、会計元隊長がいるにも関わらず誰も2人を気にする者はいなかった。
退屈な日常にちょっとしたスパイスを。
それは予想以上の効果をもたらした。
「それよりさ太ちゃんからのご褒美何にするか決めた?」
次から次へと話題を転換する阿南に櫻川は呆れて溜め息を吐いた。
「それこそ阿南に言う義理はない」
「あっちゃんのけちんぼ~」
阿南の文句を全て聞き流し清汁に手を伸ばせば制服のポケットに入れていたスマートフォンがブルブルと短く振動を伝えた。
テーブルに置かれたままの阿南のそれもブルブルと震えメールの受信を伝えていた。
お互いの目を見やり各々のそれに手を伸ばす。
送られてきたものを確認して目を見開いた。
『よし』
次の瞬間、一瞬食堂全体に静寂が訪れた。
そして突如爆発したように走るどよめき。
例えるなら生徒会が来た時のような。
だが生徒会がリコールされた今それはありえない。
かといって生徒会以上に人気のある生徒などいない。
音の最たる発信源から遠い櫻川と阿南は何が起きたのか考える間もなくその中心にいる人影が見えた瞬間全てを理解し椅子から立ち上がった。
その際、ガタリとたてた大きな音は喧騒に掻き消された。
誰もがそれに目を奪われるなか、櫻川と阿南は人の間を縫うように駆けていった。
側まで駆け寄ると徐に膝をつき頭を垂れる。
それはまるで飼い主に褒められるのを待っている犬のよう。
誰かが息を飲む音が静かな空間にやけに大きく聞こえた。
その人はその場にはたいそう不釣り合いだった。
厳つい顔と着崩された制服、奇抜な髪色。
その中にいて綺麗に切り揃えられた漆黒の髪、穢れを知らないかのように透き通る漆黒の瞳。すっと通った鼻筋、その下の形の良い唇は薄く桃色に色づき柔らかく笑みが形付けられている。
一言で言えば美形。
生徒会などで整った顔の人間は見慣れているはずのこの学校の生徒達が驚き、呆然と口を開け思わず見とれてしまうほどの。
狼の群れに迷い混んだ1羽のウサギ。
砂漠の中のオアシス。
茨に咲いた1輪の薔薇。
迷いなく歩くその姿は異彩を放っていた。
そこに駆け寄る2人の見目麗しい校内の有名人。
驚き誰もが声を発することができないなか静かな声がその名も知らぬ綺麗な人から放たれた。
「碧、柚季」
優しげな声色で名を呼ばれた櫻川と阿南は顔を上げその顔を視界に入れる。
その瞳に自分の顔が映っているのを認めるとほぅと恍惚とした眼差しを向ける。
「今までご苦労様。これからは好きにしてもいいよ」
周りからすれば意味不明な言葉。
だが2人はその意味を正確に読み解いた。
『好きにしていい』
それはつまり、これからは校内のどこであろうと側にいてもいいということ。
話しかけてもいいということ。
それは櫻川と阿南にとって最高のご褒美。
「あはっ、こんなとこでご褒美貰っちゃった♪」
「太一様、僕はこれからもずっと貴方についていきます」
「あ、ズルい!僕だって太ちゃんについてくもん!」
「太一様」
「太ちゃん」
「大好きです」
「だ~いすき!」
表情を緩め愛の告白まがいのことを言う2人に長山は満足げに頬を緩めた。
それから目的は達したとでもいうように長山は先程一緒に入ってきた者達を引き連れ引き返していく。
その後を当然だというように嬉々としてついていく櫻川と阿南。
その場にいた誰もが口を開くことができずただその後ろ姿を見送ることしかできなかった。
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