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ポリネシアン・セックスをして欲しい。
海斗にそう言われたのは、付き合って10年目、同棲して6年目の、ある日曜の昼だった。
オレは、浮気相手んちに外泊した帰りで――。
「遅かったね」
ソファに座ったまま、顔も見ねーで責めるように言われて、ついブチ切れて怒鳴っちまった。
「うるせー、どうだっていーだろ! オレに構うな! ここにいたくねーんだよ!」
逆切れだ。自分でも分かってた。けど、罵る声を止めることができなかった。罪悪感を知られたくなかった。
いや、今まで海斗に浮気がどうとか、責められたことは1回も無かった。バレてっかどうかも分かんなかったけど、最近はオレも特に隠してなかったから、とうにバレてると思っていい。
それでも何も言われなかったから、ますますエスカレートしたのもある。
無茶苦茶だった。
罪悪感の裏返しで、余計に海斗に辛く当たった。自分でも止められなかった。
「部屋は散らかってっし! 空気は淀んでるし! 臭ぇし! この家いたって落ち着かねーんだよ!」
傷付けるって分かってる言葉を、次々とナイフみてーに投げつける。
八つ当たりだってのは、はなから承知だ。海斗だって立派な社会人の男だし、オレと同じく平日仕事してんだから、掃除とか換気とか、おろそかになっても仕方ねぇ。
でもそれくらいしか、罵るネタがなかった。
どんな言いがかりつけたって、自分の過ちを正当化できるハズもねぇ。分かってた。ただ、それを海斗に指摘されたくなくて、余計にナイフで武装した。
罵って、突き飛ばして、踏みにじって。それでもなおオレに取り縋る恋人の姿に、ホッとしつつもイラつくのが常だった。
けど、いつもなら「ごめんなさい」って泣きながら謝って、オレの機嫌とろうと必死になる海斗が、その日はなんか違ってた。
今まで何度「別れよう」っつったって、「やだ」って、「捨てないで」って泣いて縋って来てたのに。
「別れよーぜ」
冷たく言い放ったオレに、海斗はヒザを抱え、TVの方を向いたまま、こくんとうなずいた。
「わかった」
そして、ゆっくりとソファから立ち上がり、ゆっくりとオレを見た。真っ白な顔で。
「でも、1つ条件がある」
「はあ? 条件? てめー、いつからオレにそんな口きくほど偉くなったんだ?」
バサッと切って捨てるように言ってやったけど、彼はそれにも怯まなかった。
怯まずに。
「月末、ここを出てくから。その前に――」
ポリネシアン・セックスを。海斗はそう言って、挑むような顔をした。
久々にそんな顔を見せられて、ギクッとした。
真剣な、勝負を仕掛ける男の顔。
ポリネシ何とかがどんなモンか知らなかったって事にも、敗因はあったんだろう。とっさに反論できなかった。
「なんで……?」
ぼそっと口からついて出たのは、我ながら覇気のねぇ声だった。
「今、オレの中の友也のイメージは、最悪なんだ。怒鳴られたこととか、冷たくされたこととか、帰って来てくれないこととか。そういうイヤなことしか思い出せない。10年付き合って、6年一緒に住んで。楽しいこと、幸せなこと、いっぱいあったハズなのに、辛い思い出しかない。だから……」
海斗は一気にそう言って、そこで1度、言葉を切った。
大きな目から涙が1雫流れ落ちたのを、男前にこぶしでぬぐう。その目元が真っ赤になってんのに、気付かねぇフリはできなかった。
「だから、最後に。友也」
海斗は唇をわななかせながら、オレを見て続けた。
「最後に、キレイな思い出をくれ」
それとポリネシ何とかとどういう関係があるんだ、とは訊けなかった。
キレイな思い出って何なんだ、とか。最悪で上等だ、とか。言いたいことは色々あったけど、言葉にならなかった。
「……んな条件、オレがのむ訳ねーだろ」
口から出たのは、地を這うような低い声、で。
けど、それさえもう、相手をビビらせることはできねーみてーだった。
「のんでくれないなら、オレたちの関係、みんなにバラす。キミの会社にも、オヤにもね」
震える声での不似合いな脅迫。
そんな真似、コイツにできる訳ねぇ。そう思うけど――なんでか、反論できなかった。
黙ってると、「決まりだね」って言われた。
あらかじめ用意してたんだろう、側にあった油性マジックを取り上げて、海斗がキュッとキャップを開ける。
きゅ、きゅ、きゅ、と耳障りな音を立てながら、真っ白なカレンダーに丸を付けて行く海斗。一番下の欄の、月曜から土曜まで。そして30日、最後の日曜にはバツを。つけて。
「この日を最後にするから。最後の一週間、オレだけにして。オンナのとこ、行かないで」
海斗はそう言って、カレンダーをぐっとオレに突き出した。
笑ってるつもりなのか、薄い唇の端が少し上がる。眉を下げて、目を細めて、けどそんなのちっとも笑ってる顔には見えなかった。
ああ、やっぱ浮気バレてたんだな、と――初めての追求に、ふっと楽になったような気がした。
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