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第9章 珈琲の香りと。
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楽しみなようで、そうでなく、
けれど嫌な訳ではなく、怖さもあるがどこかワクワクも覚えている。
そんな心持ちで待つ日は、あっという間にやって来た。
まだ、部屋から出てこない龍希を起こすより先に、
貴仁は1人、そっと香奈子の遺影に手を合わせ、
心の中で話しかけた。
『香奈子、皆に龍希を紹介するよ。お前の事を紹介したみたいにね。……俺や皆の中での、お前の席を龍希にあげてしまうのだけど、いいかな?
でもお前の場所を無くす訳でも、忘れる訳でも無いんだ、香奈子、ごめんな、俺の最後の我が儘だと思ってくれよ。愛してる。それは、変わらないから。』
少し鼻の奥がつんとして、おもむろに鼻をすすり、その時初めて部屋に漂う珈琲の香りに気付いた。
慌てて台所を見ると、
そこには、お気に入りの琺瑯製のケトルから、沸いた湯を引き立ての豆に静かに落とし、珈琲をドリップする龍希の姿があった。
龍希と貴仁が共に暮らすことになってから購入したそのケトルは、
下に行くほど丸みを帯びた艶やかで美しいフォルムをしていて、
龍希はこのケトルを使うのが憧れだったと言って何時間も何色にするかを悩んで購入したのだ。
「おはようございます。珈琲入ったら香奈子さんのゆず茶入れるから、もう少し待っててって、伝えといてください。」
ゆっくりじっくりとドリップをしながら少しだけ視線を貴仁へ向け言った龍希の言葉に
思わず、え?と聞き返した。
自分が香奈子へと笑顔を向けていたのを嫌がるかしらと思っていたからだ。
「……あれ?香奈子さんとお話してたんじゃあ無かったの?今日の報告をしていたんでしょう?」
当たり前の事を言うかのような笑顔を見せるその男に
貴仁は、自分はまだまだ懐が狭い男だなと改める。
そして、また新たに発見できた龍希の魅力に、今日もさらに恋をする。
『……香奈子、ごめん、お前にやきもちを妬くのは今度は俺の方かもしれないよ……。』
自分の為の珈琲と、同じぐらい欠かすことなく、笑顔で入れられるゆず茶を想像し、告げた言葉に、くっくと笑い、龍希へとびきりの笑顔を向ける。
「うん、今日俺達を見守ってくれと、伝えておいたよ。龍希からは、何かある?」
「……うーん、そうだなぁ……ごめんなさいとありがとうを、俺の分も、貴方の口から伝えておいて。」
自分で伝えたら泣いちゃいそうだからさ、などと薄い笑みを見せると、ゆず茶を入れ始めた。
「………龍希、怖い?」
自分達の珈琲をテーブルに置き、入れたてのゆず茶が優しく香る湯飲みを手に貴仁の方へとやってきた龍希へ貴仁が訪ねた。龍希は少しだけ不安そうな表情をすると、
答えるより先にゆず茶を置いて香奈子へと手を合わせる。
そして、それを終えてから呟いた。
「怖い……て、言うより、緊張してる。かな。」
怖いか?と聞いてから、きっと本当に怖いのは自分だ。と貴仁は思う。
だから朝一番に香奈子に話をした。
だから龍希へ怖いかと訪ねた。
だから普段から自分は龍希に少し過保護なほどかまいたがる。
全部、自分の弱さを何とか隠せやしないかと
思うからこその行動だ。
日々が不安だ。きっと誰しもが、もっと気楽に考えればいいのにと思うだろうが、
それが出来ないの貴仁という男である。
「緊張か……良かった。緊張なら、これで少しはほぐしてあげられる。」
そう言って広げられた腕に、龍希は当たり前のように潜り込む。
「おいで」の言葉すらなくとも、それは同じ、優しい仕掛けだ。
そうやってこの人はいつだって自分を慰めてくれるのだと思う龍希は
ふ、と自分の背に回された貴仁の手の変化に気付いた。
『……貴仁さん、震えてる。』
そんな震える手に加え、そう言えば、胸の鼓動もいつもより速いな、と気が付いてしまうと龍希は、
きっと必死にそれを無くそうと、強さを身に付けようとした貴仁を思い、
あぁ、自分は普段はこの人の腕に甘えていても、いざというときにこそ、この人を守れる男にならなければなと誓う。
貴仁と言う男が必死で強くあろうとする努力をそのままに
でもそれに甘えるでなく、何かあったなら、必ず自分がこの人を守ろう。と。
こうして二人は互いの温度と緊張、そして香奈子の愛情を感じながら
カミングアウトの時を迎える気持ちの準備を整えていった。
部屋に漂う、少し苦めの珈琲の香りを気持ちに纏いながら。
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