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おかえり。
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そしてその日は思っていたよりも
幾ばくか早くやってきた。
以前、けんちゃんが来た時に2人は連絡先を交換していた。もし、何か有れば連絡をくれる事になっていた。
そして届いたメール。
『明後日は空いていますか?龍希君と一緒に伺います。』
少しだけ、ドキリとした。
不安な気持ちと怖い気持ちと、
そして1番解らない、嬉しいと待ちわびるような気持ち……。
当日、朝から落ち着かない自分が自分でも滑稽に思えた。
家中をウロウロしている途中、
ふと、香奈子の遺影の前に置いてある、ゆず茶が目に入った。
龍希が去ってから、貴仁は自分でもゆず茶を供えるようにしていて、
今置かれているそれも昨夜、自分が供えたものだった。
貴仁はしばらくゆず茶を見つめ考えると、
それを片付け、
再びそこへゆず茶を供える事はしなかった。
しばらくすると、インターホンの音が耳をつき
貴仁は気持ちが緊張するのを感じた。
ガラガラと、横へスライドさせた玄関の先には、けんちゃん。そして、その横には龍希が立っていた。
思っていたよりも、凛とした、けれども何処か朗らかで柔らかい表情であった。
怯えたような顔だったなら、どうしよう
笑っていなかったなら、どうしよう
そう考えていた貴仁は、龍希が見せたその表情で、
今朝から積み上げていた緊張という積み木が1つ1つ、丁寧に下ろされていくのを感じた。
「…久しぶり。入って。」
そう言って貴仁は、2人を客間へ通すと
「オレが…」と言う龍希を制して珈琲を入れ、それを2人へ出すと
「お前が入れた方が、美味しいかもしれないけどな。」
と龍希へ笑って見せた。
その笑顔と言葉が、
気を張っていないと、すぐにぐらついてしまいそうなバランスで保っていた龍希の心を、
今、注がれた珈琲と同じく暖かくしていたとは
貴仁は知りもしなかっただろう。
こういった何てことの無い言葉が、龍希にとってどれほどの支えになっているのかさえも──。
龍希が、ぐらつきながらも、意識して作っていた凛とした表情が、貴仁の緊張をほぐし、
貴仁の作り込んだ訳でも何でもない、素直に出たままの言葉が、龍希の何処か乾ききった心を潤すのだ。
言ってしまえば、
こんなにも必要なはずの2人が、
こんなにも長い間すれ違って来ている事も
神様の思し召し。と、言う類のものなのかもしれない。
ともあれこの日、
2人は幾度目かの再会を果たした。
それは10年以上前、あやふやな言葉で確かめもせず終えた告白以来、
幾重にも重ねた心の嘘を、1枚。剥がすことに成功した日だったのだ。
そんな事に2人が気がつくのは、
もう少し、先の話である。
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