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日常
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「店長ー!一緒してもいいですかぁ??」
スタッフの休憩室、その一角にある喫煙ブースで、休憩していた龍希にそんな声が届いた。
先に書いた理由から、実家に帰る事もほぼ無くなり、
貴仁との共同生活をスタートさせたものの、
お互い仕事に要する時間があまりに多く、沢山の会話の時間を持っている訳でもない。そんな日常の、
この日も変わらぬいつもと同じであった。
仕事場ではゲイをカミングアウトもしていない龍希は、
今日も変わらず、少し厳しいけれど気の利く優しい店長。を勤めていた。
そして、そんな彼に声をかけて来たのは
店の女性スタッフの麻理子だった。
「おー。店は?どんな具合?」
時計を見て時間を確認すると、そう声を返した。
麻理子が休憩に入ったと言う事は、余裕が有るという事だったが、念の為の確認である。
「大丈夫ですよ、今居る2人で回せるくらいです。」
そう言って自分の煙草に火を付けると、龍希の隣に座った。
「あれ、店長、英語の勉強してるんです?」
龍希が、麻理子が来たから片付けようとしていたものに気がついたようだ。
それは英語の辞書やテキストであった。
「あぁ、まぁな、学生の頃サボったツケだよなぁ。苦手なんだよ、オレ」
龍希は、煙草をふかすと、そのテキストをひらひらとさせて笑いながら鞄にそれをしまった。
……仕事で必要だから。
それは嘘ではない。実際英語が出来たらと思えるシーンは幾度も有ったし、スキルアップにもなるだろう。
以前から、いつかやろうと思っていたのも本当だ。
ではなぜ、その「いつか」が今になったのか?
……笑うだろうか?
おかしいと思うだろうか?
香奈子に並ぶ為である。
香奈子は英語が出来た。
英文をすらすらと読む程度には英語が出来た。
そうなると、貴仁が仕事の話をした時に、
あぁ、あれね!と会話を楽しむ事が出来たのだ。
翻訳をする際に、本来直訳をするとこういう意味になるが、話の前後やそのシーンの流れなどで直訳とは異なった表現を使いたい時もある。
無論、その時に自分の感性ではなく、他人のそれをそのまま頼る事はしないが、
他人に別の切り口として似た条件の会話をして、
凝り固まった脳に新しい刺激を注入するのはたまに有る事だ。
英語が堪能だった香奈子には、その会話をする事が出来たのだ。
仕事の話を、してもいいと思って貰える。
それは羨ましくてならなかった。
よく、仕事の話を家庭に持ち込むなと言う女性も居るし、その気持ちもよく解るのだが
同じ男だからだろうか?
龍希には仕事の話を出来る相手に選ばれると言う事の偉大さがよく解った。
それは、まさしくその人のパートナーで有る事が出来るという事を意味しているように感じた。
今の龍希には、それは出来ない。
生活でも、気持ちの上でも、勿論当たり前だが性別も、
全てにおいて適わない。
彼女は全ての面でパートナーだった。
恋人にはなれないのは勿論、並ぶ事すら難しいのなら
せめて自分がやれる事で近付きたかった。
1ミリでも彼女に近付きたかったのだ。
少しでも貴仁の側で必要とされたかったのだ。
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