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男らしく
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そんな時だった。
貴仁は、「おかえり」と、動きかけていた唇を一旦閉じ、龍希の肩越しに何かを見付けると、
その口は、龍希への「おかえり」ではなく、ある人の名前を発した
「……由紀恵さん!」と。
その名を聞いて、龍希はその名が先程自分の会った女性の事であると、同時に
彼女が引き返して来ていた事に始めて気がついたのだった。
「良かった、戻って来てくれたんですね?」
今、まさに欲していた言葉をくれかけていた男が、全く別の名を呼び、呆気なく自分の横を素通りした事は、
何だか当たり前の現実を知った気がした。
或いは、近い未来なのかもしれない。
思い返せば、父が痛め付けてきたこの手は、小学校に上がった時、施設の前で母のそれから離された。
所詮自分は、誰かが通り過ぎて行く途中に居る存在なのではないのか?
湧き上がってきていた喜びは一転、
とてつもない恐怖に変わる。
解っている。
そんな自分のその方はネガティブすぎて阿保らしい。
重くて、弱い考えだなんて自分でよくよく理解していた。
何より彼女が忘れ物を取りに戻っただけなのだと会話ですぐに理解は出来ていた。それなのに気持ちは変わらない
解っている、これはただの嫉妬だ。
「男のくせに」 とても嫌いな、そのくせ
何より意識している言葉がぐるぐると脳内を駆け巡る。
「男らしく」これもまた、同じほど嫌いで意識してしまう言葉が先の言葉の後ろで、小さく前ならえをしているかのようで、胸焼けがするかと思った。
───……男らしく、男らしくするためには今、どう振る舞えば正解なんだよ。
男のくせに、 男らしく、 男のくせに、 男らしく
男らしく、男らしく、男らしく。
小学生の朝礼のように、次々と列を成す言葉に、吐き気がしてきて
それでも容赦なく聞こえてくる後ろの2人の男女
(……自分の恋人と女の………だ。)
の話し声がその列に加わると
いよいよ脳は言葉を整理できなくなり、
結論として
龍希は振り向いて、その二人へ、明るく笑うのであった。
「……あー、えっと、お開きしたばかりかもしれませんけど、また、お茶して行きますか?」
このくだらない結論を告げる笑顔は、とびきり上手く作れたと自負をした。
何しろ「そろそろ3時のおやつだし」などという、おどけた台詞のサービス付きだ。
そして龍希は、とびきりの笑顔のまま、
自分は馬鹿だと呻くドロドロの気持ち悪い……しかしおそらくは一番正直な……そんな感情が
じわりじわりと這い上がるのを感じた。
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