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【序章】
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日曜の真夜中、大洗(おおあらい)家の私設礼拝堂の壇上は、酸鼻をきわめていた。日曜の主日礼拝が行われるべき場所で、代わりに行われていたのは、妖しい儀式だった。背徳の行為が、ついに一つの結末を迎えた。
当主の大洗竹春(たけはる)氏が、血を流して倒れていた。そして全裸に血しぶきを浴びた十六歳の少年、大洗潤(じゅん)が、血のついたナイフを持って立ちすくんでいた。生贄の仔羊が反旗を翻したのだ。カンテラと手燭の炎がゆらゆらと揺れて、まるでカラバッジォの絵画のように、劇的な光景を照らしていた。
当主の長男で潤の従兄である二十歳の青年、譲(じょう)がポケットからスマホを出し落ち着いた声で救急車を呼んだ。電話を切ってから、譲は嘆くように、つぶやいた。
「今日、救急車を呼ぶの二度目か」
譲は、腕時計を見てため息をついた。
「ああもう零時をまわっているから昨日のことか」
日曜の朝には、当主の妻が倒れたのだった。時は、いつしか日曜から月曜にうつっていたようだった。
「おじ様、死んじゃうの?」
潤の同級生で、土曜日から大洗家に泊まっていた正木瑶(よう)は、恐ろしさに震えながら、譲にたずねた。
「さあね」
譲は素っ気なく答えた。大洗氏の実の息子であるのに、譲は案外落ち着いているように見えた。
「いつか、こうなるだろうとは、思っていたんだよ」
譲は、自分の情のなさに言い訳するかのように言った。
譲はTシャツの上に羽織っていた自分のシャツを脱ぐと、
「おい、潤、ナイフよこせ」
と、呆然と立っている従弟の潤の方に手を差し出した。潤の手がナイフを放し、ナイフはカタンと床に落ち、転がってとまった。血に濡れたナイフの刃が、きらりと光った。譲は、床に転がったナイフを拾った。譲は、手早く自分の脱いだシャツを切り裂いて、出血している、竹春氏の脇腹を止血した。
譲が振り向いて言った。
「瑤君、潤を母屋に連れて帰ってくれる? シャワー浴びて、朝まで休んで。学校には俺が車で送っていくから」
「はい」
瑶はうなずいた。
「潤、瑤君と帰りな」
譲が、まだぼんやり立っている潤を、母屋に帰るよう促した。
譲は、儀式に使った湿った麻布で、潤の身体についた返り血を拭き、毛布を着せかけた。瑶も自分で毛布を身体に巻きつけた。
潤は、ふらふらしたおぼつかない足どりで、それでも、慣れているせいか、瑶の先に立って、歩き出した。するすると動く、生気のない潤の姿は、まるで夢遊病者か、幽霊のように見えた。待って、潤。僕を置いて行かないで。こんな恐ろしいところに、僕を一人にして行かないで。瑶はもつれそうになる足を必死で動かした。下り階段にさしかかった。真っ暗な中を、手探りで壁伝いに歩いていった。潤が、キィ、と扉を押す音がした。暗闇に光が射し込んだ。
礼拝堂の裏扉から出ると、外は、なんとか歩けそうな程度の月明かりだった。瑶は、少しほっとした。狂気を呼ぶという月明かりすら届かない闇の礼拝堂。ところどころステンドグラスがふさがれていた。ただのガラス窓もすすけて、廃屋のようだった暗くおどろおどろしい夜の礼拝堂。そこで行われていた妖しく官能的な異端の儀式。生贄の美少年を、死んだ美青年にささげるあやしい儀式。濃密で息のつまるような時間。そこから逃れられて、瑶はほっとした。狂気を呼ぶという月明かりにすらほっとした。揺らぐあやしげな炎でなく、清らかな月の光に。
青白い死人のような月の光。青白い、おじ様の倒れた身体。怖かった。こんなことになるなんて。あの、幻のような官能的な時間。あの恐ろしく退廃的な世界を終わらせるには、このような結末しかなかったのだろうか。
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