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朝
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ジリリリ…
目覚まし時計の嫌な音。止めても止めても鳴るように設定してある。
目覚まし3つ、携帯のアラームとあわせて4つ。それだけかけても起き上がれる自信がない。
朝は苦手だ。
毎日の事とはいえ、この億劫さに慣れる事はない。
アラームが何度も鳴り続ける煩わしさにようやく起き上がって目を覆うほど伸びた前髪を払う。
目を開けると朝日の光が南向きの窓から入ってきて嫌気がさす。
また、あの夢。
高校卒業と同時に実家を飛び出してもう10年以上たつというのに。
自分の成長のなさにがっかりする事は1度や2度じゃない。
夜が怖かった。兄が襖を開けて布団に潜り込んでくる瞬間が。
永遠に朝がこないんじゃないかと思うあの闇が。
歯向かう力の無いこの体が。
暴力に負けるこの心が。
忘れよう忘れようとする程、ほの暗い過去にひきこまれそうになる。
お前は汚い。
これは罰なんだよ。
そう言い続けるあの黒い瞳。
生まれてきた事を後悔するような痛み。
息を吸う事にさえ恐怖を抱く感情と激しい劣等感。
もう、過去の事なんだから。
そう自分に言い聞かせ続けて。
全てを忘れるのは無理でも、誰とも関わらなければ誰にも迷惑をかけない。
一人で生活するにあたって、まず練習をしたのは笑った顔をつくる事だった。
上京したばかりの頃、駅のすぐ横にある機械に小銭を入れて履歴書用の証明写真を撮った。
数分後に出来上がった写真を見て驚いたのだ。
写っていたのはこの世の終わりみたいな顔をした男だったから。
自分では少し笑ったつもりだったけど、写真になってみれば全くの仏頂面。
これじゃあ本当に不幸しか寄ってこないわけだ。
妙に納得してその写真をまじまじと眺めて破り捨てた。
笑顔を作るという努力をこれまで怠ってきたせいなのか、どうしてもうまく笑えない。
色々試して考えた末に出た答えが、笑っている人の顔を真似る事。だった。
本当に笑わなくても、笑っている顔を真似すればきっとそれは笑っているように見えるはず。と。
唇の両端を同じくらいの角度に上に引き上げて目を細めてみる。そのまま証明写真に挑戦してみると、それはなんとなく笑っているように見えて。その写真でなら不幸を寄せる事はきっとないはずだ。と信じて履歴書に貼った。
その履歴書で受けた最初の会社に無事入社できて、それ以来、その笑顔もどきを顔に貼付ける事だけは忘れないように生活してきた。
人は外見じゃないというけれど、第一印象でその人との接し方は大きく変わってしまう。
美しく生まれてきたなら話は別だけど、平凡以下ならせめてにこやかにしていないと社会は相手にもしてくれない。
せめて嫌われないように。
最初の数週間は顔の筋肉がつっぱるような感覚が続いたけど、それも次第に慣れた。
嘘の笑顔でも貼付けていればいつか本当になるのかもしれない。
そうして気付く。人は他人の中身なんて、そうそう見えてはいない事に。
笑顔を貼り付けて生活しているものの中身が、ヒトだろうとそうでなかろうと。
それならそれは、ありがたい事なんじゃないか。
僕の中身が何であろうと、差別される事も嫌われて冷たくされる事もない。
嫌われる事が恐いのは誰でも同じはずだから。
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