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ランチ
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優也さんの家は、数件先の高層マンションだった。
通りから見えるのは小さな庭園。
真夏も真冬も緑が生い茂っていて、高さを切り揃えられた木々が丁寧な仕事を思わせる。
入口から見える場所に、白いベンチがあってその上にからまっているのは薄紫色の花をつけるフジだというのは何年も住んでる風景として、一応は知ってる。
多分室内への入口はもう少し先なんだろう。
最上階は遥か上。少し離れてマンションを振り返ると屋上にも何かスペースが設けられているようで柵の隙間からこの季節らしく桜の花びらが落ちてくる。何があるのか考えもつかないけど。
こんなとこに住んでる人って、本当にお金持ちなんだろうなぁ。
引っ越した当初、そう思った事がある。でもその住人に関わる事があるなんて考えもしなかった。
世界が違う人達が住む場所。
だと。
実家を飛び出してから、仕事探しには必死だった。自力でなんとか生きていかなければ一人で出てきた意味が無い。知らない土地、知人のいない場所。他人に興味を持たない場所。
都会なら、東京なら誰にも干渉されずにすむのでは。
経験も学歴もない自分を働かせてくれるところならどこでも良くて。
早朝の新聞配達からガソリンスタンド、深夜のコンビニと働き詰めて、合間に就職活動をして、ようやく今の会社に入社した。
それでも都内での生活はお金がかかる。
貧乏暮らしには慣れてるけど。
車を駐車すると優也さんは少し歩こうと言って歩き出した。
長い足、きれいな顔。
僕にはないものばかりで、見劣りする自分が恥ずかしくて背中を見て歩いた。
それを振り返った優也さんは歩く速度を落としてくれて。
なんだか女の子になった気分だった。
そうしてほんの数分歩き、緑に囲まれた一軒家のような所で立ち止まる。
?
ガラガラ、と開けられた引き戸の先を見ると。小さな下駄箱が並んで、その上に小さな看板と、お履物をぬいでお上がり下さい。と書かれた立て札。
ここって、ご飯が食べられる所だったのかぁ。
外から見るだけでは絶対に気付かない。
看板も立て札も扉を開けた人にしか見えないだろう。
た、高そうだな。
千円以内で何とかならないだろうか。
財布にいくら入ってたかな。
案内されるまま個室に通され
「嫌いなものは?」
それだけ聞かれて首を横に振ると優也さんはさっさと注文をしてしまっていた。
メニューとか、ないのか。値段がわからない。
何を話したらいいのかわからずに戸惑っている間に
もわーっと湯気を立てた白いご飯がおひつで目の前に出された。3つも並べられたおひつ。
?マークをいっぱいにして聞いてみると、銘柄違いだそう。
感動と興奮でわくわくしてしまった。こんな贅沢いいんだろうか。
そういえば最近、帰りが遅くてろくな物を食べていない。
残業続きで食欲より睡魔が勝つ日が多いせいだ。
きゅうー。
小さくお腹が鳴る。
恥ずかしくなって下を向いていると
「いくらでも食えよ。」
と優也さんが笑いながらそう言った。
お刺身と根野菜の煮物、大葉と舞茸の天ぷら。
一緒に出された赤かぶの漬け物があまりにおいしくて。女将さんらしき人に伝えると
「自家製なんですよ。よかったらお持ち帰りになりますか。」
と、人当たりの良い笑顔を向けてくれたので、僕も得意の仮面笑顔を振りまく。
それに割り込むように
「その漬け物には熱燗がよくあうんだ。愁も少し呑むか?」
優也さんが微笑む。
その笑顔ですすめられて断れる人はいないだろう。
息をのんで差し出されたお猪口を手に取る。
部屋で軽い晩酌をする事はあるけど、ひどく酔った事はない。
外で呑むのは会社の集まりで強制参加の忘年会くらい。
少しくらい呑んでも酔いはしないだろう。
「いただきます。」
日本酒は家にも置いてる。
小さい小瓶を数種類。なかなか減らないけど、空き瓶が増えると、それだけの時間を自分一人で自由に生きてきた証拠みたいで。
瓶を集めたいだけの理由で買ってきていたから好みがある訳でも詳しい訳でもない。
口をつけた瞬間、視界が広がったかと思った。
「お、おいしい。」
お猪口から立ち上る、濃い甘い香り。
誘われるように口に含むと意外な程あっさりした口当たり。のどごしはさわやかで。いくらでも呑めてしまいそう。
「だろう?ここで扱ってる日本酒は酒蔵から直接仕入れているんだ。普段なかなかお目にかかれないものもあるぞ。」
と勧められるままにお猪口を差し出す。
優也さんの言葉通り、かぶの漬け物とよくあう。
「今日は本当にすみませんでした。お仕事は大丈夫なんですか?」
空いてしまった優也さんの猪口に熱燗を注ぎながら聞くと
「車を受け取るだけのために出社したんだ。今日は本当は休みでね。」
僕をまっすぐ見ながら答えるその唇。
止まっていれば彫刻のような唇。動いていると、なまめかしくて、ついじっと見てしまう。
あの唇にさっき触れたんだ。あんなに美しいものに。
そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
きっと本当は僕なんかが触れていいものではない。
この美しい形を目に焼き付けておこう。
落ち着いて、いつものように笑顔に見える形で表情を固定して、せめて嫌われないように。
何の気まぐれか、神様が初めて僕に与えてくれた飴なんだから。
「愁は独身か?せっかく休みにしたんだから夜は彼女とデートでもしてゆっくりするといい」
「いえ、彼女はいません。」
だって女の子には興味がもてないから。それにきっと一生誰とも付き合う事なんてない。
自分の本性が知られて汚いと罵られるくらいなら孤独に過ごす方がずっといい。
一瞬、丸くした目をゆっくり細めた優也さんは
「そりゃあ寂しいな。まぁ、愁くらいかわいい顔ならいつでも彼女くらいできるだろうけどな」
そう言って正面に座ったまま長い腕をスっと伸ばして僕の頭をなでた。
ぴくり
肩が震えて、胸のあたりがざわざわした。
「かわいいなんて、男に言う言葉じゃありませんよ。喜べません。」
うつむいて言ったものの、優也さんの手はそのまま耳を通って顎をあげさせる。
「それじゃあ美人っていうのはどうだ?」
「っ、それだって女の人相手に使う言葉です。それに美人って言うなら優也さんの方がよっぽど
…」
美人です。
と言ってしまっていいのかわからずに言い淀むと、美人は少し眉をよせて苦しそうに笑った。
さっきまでの微笑みと何かが違う気がして、その瞳を覗き込もうとすると
顎をつかんでいた手が離されて、お猪口を掴む。
「女将、熱燗と出し巻き卵」
優也さんが触れた顎と耳先が熱くて、そこから全身に熱がまわったように体がほてりだした。
「優也さんこそ今日はデートじゃないんですか?」
火照りに気付かれないように質問返しをしてみると
「そんな時間もなくてなぁ。愁、これを機会に今度俺とデートしてくれよ。」
「僕じゃあデートになりませんけど、ご飯くらいなら付き合いますよ」
そう答えた僕の前に大きな右手が差し出される
「じゃあよろしくな、愁」
え、これは、握手?手をにぎればいいの?
こんな事をしたらまた会いたくなってしまう。そんな勘違いは嫌なんだけど…。
笑顔は少し引きつったかもしれない。
おそるおそる手を出す。
ぎゅっ
と差し出した右手が掴まれて、微笑んだ優也さんにくらくらする。
色気のある社交辞令。
今度とお化けは出たことがないんですよ。
そんな事くらいわかってる。
ほんの少し夢を見るくらい許されるんだろうか。
もしかして今日じゃないいつか、また会ってもらえる、そんな幸せな夢。
鼻先を出汁のいいにおいがかすめる。
ふと見ると優也さんが出し巻き卵を一口大に切って、僕の口元に差し出している。
「これもうまいから食ってみろ」
「え、でも」
と言いかけた僕の口に、ぽいっと卵焼きを放り込んだ。
温かくてふかふかな卵
口を閉じると表面のやわらかさと、重なってしっかり巻かれた卵の層が舌にあたって、つい噛み締める。
しっとりした出汁の味。お皿にのせられた卵焼きはきれいな黄色なのに、味はしっかりしていておいしい。こんな出し巻き卵を食べれるなんて感動的だ。自分が作ったらこんな感動絶対にない。
「だろ?」
と満足そうな顔。
うんうんとうなずいて、ついついお酒も呑み過ぎていたかもしれない。
つい調子に乗って女将さんが持ってきてくれたばかりの熱燗を
ぱしゃん
「あっつ」
注ごうと手に取って持ち上げて自分に向けて倒してしてしまった。
「おい、大丈夫か?」
優也さんがハンカチをとりだして僕の首もとを拭いてくれる。
そんな時でも優也さんにみとれて動けない自分に気がついた。
「火傷してないか?」
「すみません。あっ」
止める間もなく一番上まできっちりはめたボタンを手早く外される。
優也さんの動きが止まる。
「やだっ。やめてください。」
すーっと血の気が引いて、ハンカチごと突き飛ばす。
見られた?
震える手で開いたシャツをあわせる。
呆然とする優也さん。
それを見て一気に現実に引き戻される。
しまった。夢見心地で油断していた。
やっぱり夢なんかみちゃいけなかったんだ。普通になんかなれる訳ないのに。
わかっていたはず。嫌という程理解していたはず。それなのに。
よりによってこんな綺麗な人に
こんな醜い場所を見られる事になるなんて。
舌打ちしてしまいたい気分をこらえてボタンを留め
「あの、すみません。僕、これで失礼しますっ」
お酒が回っていた事も忘れて慌てて立ち上がると
ぐらり
体が揺れる。しまった。
と思う間もなく、体が途中で抱きとめられた。
「呑ませすぎたな。帰ろう」
恥ずかしくて返事ができない。
汚い過去が傷跡からじわじわ広がってきているようで、それがシャツからこぼれて優也さんに見えているようで恐い。
惨めすぎる。ほんの少し楽しい夢をみていただけなのに、うまくいかない。
分不相応、という事か。期待するという行為自体が似合わないもの。
身を捩ってがっしり抱きとめられた腕の中から抜け出そうとしたけど、びくともしない。まごまごしている内に抱え上げられた。
「ちょっ、下ろしてください。歩けますから」
「タクシーを呼んだから乗せるだけだ。」
さっきより低いトーンで言われて動けなくなる。
歩いて帰れる距離なのに抱えられたままタクシーに押し込められる。膝のうえに乗せられた僕は身動きがとれないまま。
あらあら、と笑いながら見送った女将さんも、黙ったままのタクシーの運転手さんも男に抱えられた男を見てどう思ったんだろうか。
優也さんのマンション前でタクシーが止まる。
カードで支払いをすませた優也さんはそのまま僕を抱き上げて歩き出す。
「酔いを覚ましていけよ」
「待ってください。本当にもう大丈夫ですから」
腕から逃れようと左右に体をひねっていると頭上からため息が聞こえて
すとん
とどこかに座らされる。
そこがマンションの外側からいつも見える白いベンチだとわかってほっとした瞬間
熱い何かに唇を塞がれた。
「んうっ」
優也さんの左手が僕の顎を捉え、右手が首筋を捕まえる。
驚いてガードする隙もなくぬるぬるして熱い舌に唇を嘗め回されて、息を吸う間に侵入してくる。
ぐるりと口中をかき回し、僕の舌まで捕まえる。強く吸い上げて唾液を促すように下の歯の付け根をつつく。
首筋をなでていた右手が背中をつたい、脇腹をなでる。
シャツの上からゆっくりと動いて撫で上げながら、僕の乳首をかすめて首筋に戻る。
ぴりり。
体がはねて自分でもとめようがない反応。
同時に体からかくん、と力が抜ける。
この感じ、さっきも…
「本当に、もう、大丈夫、なんだな?」
区切るようにゆっくりそう言われて優也さんの手が離れる。
うなずこうとした僕の体はそのまま、優也さんの胸元に倒れ込む。
力が、抜けてしまってる。
”腰がぬけたか”
さっきそう言われたのを思い出した。そう、腰が抜けた、みたい。
「家で少し休んでいくんだ」
怒ったようにそう言われて、抱きしめられたまま小さく頷くしかなかった。
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