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朝_1
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窓から外を見ると、うっすら明るい空。
知らない部屋。頭の上から降ってくる規則正しい寝息。裸の肌が合わされている感覚。
これは、まずい。
きのう無茶し過ぎたのは確かで、それは本気で傷む体の節々が教えてくれている。
お酒、飲みだしてから後の記憶が全くない。
思い出そうにも、体内に残ったアルコールがそうさせてくれない。
何かを囁かれる声と、黒い瞳。焦れて思い通りにならない体。求める自分の悲鳴…
体がどことなくさっぱりしているのは、彼が拭くなり、後処理をしてくれたからだろう。
なんなの、これ。
恥ずかし過ぎる、居たたまれない。
でも、あったかい。気持ちまでほっこりするような。
昨夜、何度も思った気がする。このままずっと温かい気持ちで過ごせたら、と。
どこかで秒針の音が聞こえたような気がしてハッとする。
逃げよう。
ここでぼんやりしてたら顔をあわせて気まずい思いをするのはたぶん自分の方だ。
そっと息を吐いて腕をどかす。上半身を起こそうとしたところで、ずきん。と痛みがやってくる。
笑いがこみ上げてきたけど、そんな事言ってる場合じゃない。
ソファーから静かに滑り降りて衣服をさがそうと歩き出したところで膝がぬける。
完全にわらっちゃってるよ。力入らない。
ぺたんと両足が床について座りこんだ。
こんなに熱心にセックスができる相手に出会うなんて驚きだ。それ以前に人と触れ合う事ができた事実が驚愕の出来事で。
他人と触れ合う恐怖は時間がだんだん解決してくれたんだろうか。
そんなわけないか。
甘い考えをすぐに打ち消す。
恐怖がなくなっても、自分が醜い事に変わりはない。この人が優しかっただけだ。
そして、これっきり。
一晩かけて一生分のセックス、いい夢をみさせてもらった。
今から部屋に戻れば熱いお湯に浸かる時間くらいあるだろう。
まだ今週は始まったばかりだし、気合いを入れないと昨日の仕事も片付かないはずだ。
音を立てないように静かに、静かに。
振り返らないように、このあったかい気持ちを忘れないように。
「ずいぶん早起きだな。」
後ろから腕が回される。
驚いて息をつめた。こっそり帰ろうとしていた後ろめたさと昨夜のきまずさから振り向けない。どうやって逃げるか考えていると
「逃がさないって言っただろう。」
考えを読まれたみたいで首をすくめる。
耳に息があたって首に回された所が熱くなる。
延びてきた指に、顎をつままれて向き合わされる。薄手の毛布から見える裸の体がなまめかしくて、目のやり場に困ってしまう。
逸らしたいのに強い力で顔をよせられる。
カーッと全身に血がまわっていたたまれなくて、視線を外そうとしていると面白い物でも見たかのように優也さんが目を細めた。
「ふうん。まさか本気で逃げるつもりだった?」
気まずい…
思いっきりそっぽを向いた僕を見て、大笑いをはじめる。強烈に馬鹿にされてるっぽい。
「あ、あのっ、昨日は大変お世話になりました。助けていただいた上にご馳走になってしまってすみませんでした。」
お昼以降のことはなかった事にして、まくしたてる。
「俺もご馳走になった上に、欲しかった物まで手に入れたから謝られる筋合いない。」
ご、ちそう…手に入れた?
それって…
目を見開いて見上げる。
「なに、その顔。覚えがないなら体に聞いてみるか。」
と身を乗り出して座りこんだままの体に手をのばしたのが見えて、大きく腕を振って身をよじる。
「いえ、大丈夫ですっ」
大袈裟に逃げて触られるのを拒否してしまった。だって、これ以上触られたらまた…
「冗談だよ。そんな所に座り込んでいたら体を冷やす。ほら」
そう言って僕を立ち上がらせて毛布でくるむ。春先とはいえ、明け方の空気はうっすら冷たい。ここ数日、花冷えの日が続いて朝晩は冬のコートでも欲しいくらいの気温だった。昨夜は寒いなんて一度も思わなかったけど。
毛布を伝ってきた体温に体が勝手に期待をして、ピクリと震えた。
ほらまた…またって、何を期待しているんだろう。
期待。
嫌いな言葉。
だってそれは、勝手に思い込む感情。自分が望むような期待が当たる事なんてほとんどないわけだし。
「昨日からお前は、俺の物になったんだ。」
額に唇がおとされる。そんな小さな刺激が途方もなく心地いい。束縛されているみたいに聞こえるその言葉も、恋する乙女みたいな心境にさせてくれる。
それでなくても、この人本当に暖かい。
優しくされたら離れるときに辛くなる。どうせ一人に戻るのだから暖めないでほしい。
夜の時間はとっくに過ぎたんだから、一夜の関係だったと突き放してくれればいい。
そう願うのと反対に、もっと暖めてもらいたいと思う自分がいて欲深い感情に笑いがこみ上げる。
もっと、だなんて意味がわからない。与えた方になんの利益ももたらさず、何の恩返しもできない僕がそんな事、何でそんな事を望むのか。
目の前にいるのはたぶんアノヒトと同じ人種。
美しい顔をして人を引き付け、欲しい物は何でも手に入れる。狩る側の人間。
__捕食される側のお前とはチガウダロ?
簡単に騙されるなんて本当に馬鹿だな__
薄暗い陰が自分をあざ笑う。日常、すぐ側にいるこの影。きのうからずっと存在を消していたようだけど、ようやく出てきた。それはいつも現実を見せてくれる。いつも僕を冷静にしてくれる。
そうだったね。どうも昨日から忘れがちだ。
本当に学習能力がない。嫌になる。
「やだなぁ。本当に、冗談きつい。そんなに優しくしてもらわなくても大丈夫ですよ。こんな事、誰にも口外しませんし。」
体温を伝えてくるその体をやんわりと離して、笑顔に見えるように笑ってみる。
一夜限りの優しさをもらえただけで充分なんだよ。
それ以上はいらない。欲しくない。
僕は人に優しくなんてできないから。優しくしないで。
その態度を見た優也さんは、ますます体を寄せてきた。
「ちょ、ちょっと、離してください。もう帰らないと。」
焦る僕。だって体温が、顔が、吐息が、全部近い。
「お前、その態度なんなの?さっきまであんなにかわいかったのに。」
ため息をつきながら僕の視界いっぱいに入り込む。
無理。こんなの恥ずかしい。目眩がする。
しっかりしろ。
これはもう早く覚めて抜け出さないといけないただの夢。
いつまでもここに留まってはいけない。長く過ごせばそれだけダメージが蓄積される。
さあ早く。逃げ足だけは早く。がいつもの目標のはずだろ。
非日常的な出来事には慣れていない。これ以上みっともない姿を晒す事はない。
「ほら、もう仕事に行く準備をしないといけないですし。いい加減に帰りますよ。」
腕をぎゅっと突っ張って、優也さんとの間に空白をつくる。狭まる視界の中で大きく近づいてきていた唇に左の手のひらを当てて、これ以上気持ちを揺らさないようにする。
抵抗されると思っていなかったのか、優也さんは目を軽く見開いてこちらを見ている。僕は小さく一息ついてから、顔の筋肉を動かす。
眉を上げて彼を見上げ、目を細めてから口角をあげる。
ゆっくり意識して動かせば、どんなピンチにも笑顔みたいな形がつくれる事がわかっている。そしてそれは、その場を切り抜ける。という場合には必ず必要な物だろうと思っているし実際、十数年間この方法で他人を逆上させたりした事はない。
笑顔に見える物。というのは人間の気持ちを緩める。いっそ、オカメのお面でもつけておければいいのだ。
とにかく、この場から出て日常に戻らなくては。
ほら、笑って、この手を離して。
特別な出来事なんて一つも必要ない。ただ平穏に毎日を過ごしたいだけ。
「愁、なんのつもりだ」
思っていたより冷たい声が降ってくる。手首にギリリとした痛みがあってぎょっとして目をやると、優也さんの口元を押さえていた左の手首が掴まれていた。
「お前、もしかして一夜限りのつもりでいるの?」
一夜限り。そう。そのつもり。
たった一晩の火遊びにしてはご近所過ぎる気もするけど。
これ以上関わってしまいたくない。
嫌われたくない。拒絶されたくない。
知られたくない。
優しい口調と連動しない冷い声。
一体どこでこんな反応をされる事をしてしまったのか。
この冷たい空気。これは怒りの気配。自分に突然向けられた怒り。
この状況を打破するうまい方法がわからない。逃げるための言葉が浮かばない。
血が止まってしまうくらい強く握られた手首が痛い。力でかなわないことくらいはよくわかってる。
それよりも、情けないのは震え出しそうな自分の体。
理由のわからない怒りを向けられている事、痛む手首に感じる暴力の匂い。
ガリリっ
掴まれた手首、親指の下当たりの柔らかい所に歯がたてられたのが見える。痛みに顔をゆがめる。
「答えろ」
どうしたら、なんて答えるのが正解なのかわからない。
一夜限りのつもり。男同士なんだし、それが普通だろう?
考えろ。痛みを伴わないだろうと予想できる答えを。
とにかく笑え。怒らせたなら宥めて時間を稼げ。その間に考えるんだ。
どうしてこの人が怒っているのか、何て答えたら日常に戻れるのか。
「優也さん、いたいっ。急にどうしたんですか。」
「お前は、誰のものだ」
昨日、体を重ねていた時から聞かれていた事。
ああ。そうか。
一瞬でも自分のものだと思っている相手から刃向かわれたら確かに面白くないかもしれない。
勝手に帰ろうとしたことが気に障ったのか。
他人の気持ちなんてわからない。自分の気持ちだってわからないのだから当然なんだけど、少しでもその人に気持ちに沿えるように過ごしたい。そうしていれば僕でも嫌われる事はないんじゃないかと思うから。言動と、目に見える表情で、少しでも読みとって自分を消してでも他人の意見を尊重して答えを決める。その方法でしか、答える言葉を考えられない。
「僕は、優也さんのものですよ。昨日そう言いました。だからそんな怖い顔しないでください。」
噛みつかれたままの親指に反対の手を持っていって優也さんの歯がつきささってる隙間から、その口に人差し指を差し込む。そうすることで噛まれていた場所の痛みが薄れる。
僕の言葉を確かめるためか、用心深そうにこちらを見ながらゆっくりその牙を抜く。
痛みが抜けた事にほっとして、目を細める。
親指の付け根から血がでているのが見えたら震えてきたからそっと腕を引いて隠すように両手で握った。
こんなに近くにいても人が怖い。そんなの誰にも気づかれたくない。それが一晩泣くほど欲しかった相手でも。それでも…怖くても、痛くても、嫌われたくない。
存在を否定されたくないから深入りはしない。
自分の気持ちは伝わらなくていい。全てを押し隠せるように笑った形で乗り切りたい。
「愁、お前そうやって生きてきたの?何考えてる?」
何を聞かれているのかわからなくて首を傾げる。
自分の頬に少し触れて、口角を上げられている事と震えていない事を確かめてから不自然にならないように優也さんの頬に血のでていない右手を沿える。
「優也さんの事を考えていますよ。それから、今日は本当に会社に行けるかな。とか」
そう言うと優也さんはふっと鼻で笑って僕をのぞき込む。
正直なとこ、体の痛みがひどくて今日仕事になるかどうか自信がない。
久しぶりのセックス。それもあんな回数を重ねて、体力だって…
「そうか。そうだな。お前が何を考えているのか、これからじっくり知ればいい。」
それはそれで怖い言葉なんだけど、機嫌は直ったみたいだ。よかった。
それにしても、綺麗な顔。同性からみたって羨ましい限り。
視線をあわせたまま頬に当てたままだった右手の指先に口づけをされて、どきんとする。
本当にどうしようもないな。こんなに人と関わりたくないのに、触れられる事が全然嫌じゃない。それどころか、もっと触れたくなっている。
この気持ちはなんだろう。ざわざわする。
知らない感覚はすきま風が入ったみたいに体の内側をヒヤリとさせて、身震いをすると優也さんはまた僕を抱きしめた。
__どうせすぐに捨てられるのに__
体のどこかが痛いような気がして、抱きしめられた胸にすがりつく。
この行動は正しいかどうかわからないけど、痛みがやわらぐ。
気づくと僕は、強くその人を抱きしめていた。
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