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来客_2
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「どういう知り合いなんだ?」
社長がさっきの愛想笑いを全部取り去って緊張した面持ちを向けられる。
どう、と言われても…
完全に警戒した顔をされると何だか悪い事をしているような気になる。
「先日、駅で倒れた所を助けていただきました。」
全部は話せなくてもこれは嘘じゃない。
コネも実力も無いのだ。誇る所ではないけれど。
「そんな事くらいでウチみたいな子会社の人事に口を出してはこないだろう。若くしてグループを引き継ぐ程、優秀な男だぞ。仕事にも厳しい。君の経歴に目立った点はなかったと思うが…」
首をひねる社長。
まったくその通りですね。と頷き、同じ様に首を傾げていると、応接室から声が響いた。
「どういう事でしょうか。全体会議の間に私が迎えに行く事で話はついたはずです。今、どちらにおいでですか?まさか社長っ、もしもし?」
焦った声がして、扉が勢いよく開く。
すぐ近くに僕たちを見つけて驚いたのか一瞬動作を止めてからため息をついた。
「南野さん。すみません。火野がすぐ近くまできているようです。申し訳ありませんが、少し急いでいただけますか?外でお待ちしておりますから。」
優也さんがきている?
僕を迎えに?
嫌な予感しかしない。
でも心底申し訳無さそうに言う橘さんに同情して、社長に小さくお辞儀をして走りだした。
あの優也さんが上司じゃ大変そうだ。
それにしても一体何でこんな事になっているんだろう。
口止めでもしようというのか。
それとも秘密を知ってしまったからクビにされるのか。
弱みをネタに脅迫でもされるのか。
少しでも幸せを手にしようとした自分にどんな罰がくだるのか、僕には見当もつかない。
走ったせいで息があがって、朝からの頭痛に響く。
とにかく急いでパソコンの電源を落として鞄に荷物をしまう。
僕を追ってきたんだろう社長もやってきて課長に説明をしている。
来客があった事は周りにも伝わっていたようで、どうしたんだという視線が向けられている。
親会社から呼び出されるなんてこれまで一度もなかった上に、社長秘書まできているんだからコイツ何かやったのか。と思われても当然だった。
でも説明している暇はない。説明は社長経由で課長からしておいてもらえばいいだろう。
「み、南野、どうしたんだ」
わざとらしいくらいオドオドして声をかけてくる河野さんに机の上の書類をまとめて渡す。
「河野さん、申し訳ありませんがこの書類と割り当てられている区画分の作業お願いできませんか?これからファイヤー建設に行く事になりましたので。」
笑顔を貼付ける。頭痛のせいで笑って見えるかどうかさえ謎だ。
「え?どういう…」
「南野くん、急ぎたまえ」
河野さんの問いかけを遮るように社長に急かされて、鞄を持って席を立つ。
部署の人達に小さく会釈して、いってきます。と一応声をかけた。
エレベーターに駆け込んだ所に河野さんが閉まる扉に逆らって乗り込んできた。
勘弁してください。
正直、河野さんどころじゃないんですよ。
そう言いたいのをグッと堪える。
「南野、親会社に行くってどういうことだ。」
「僕にもよくわからないんです。秘書を探していらっしゃるとか。見つかるまでの繋ぎですかね」
狭い密室、近い距離。
昨日の事を思い返すと気分が悪い。
走ったせいか、頭がくらくらして目眩までしてくる。
「…南野、辞めるつもりなのか?」
河野さんが僕の肩をつかんで壁に押し付ける。
「ちょっ、河野さん?」
僕より首一つ分高い身長を屈めて顔を寄せてくる。
目を合わせないように首ごとそらす。
とはいえ、このままでは唇をあてられるのは時間の問題だ。
「冗談やめてくださいっ。昨日からおかしいですよっ」
「自分でもおかしいと思ってるよ。」
そう言いながらジリジリ距離を詰めてくる体育会系相手に腕を強く突き出して突っ張る。
僕の力ではせいぜいこの程度しかできない。
頭痛に阻まれて、突き飛ばしたいのにそれもできない。
「意味がわかりませんから」
叩き付けるように言ったものの河野さんの唇は僕の耳に当たっている。
耳に息が当たって気持ち悪い。
鳥肌がたって震えそうな足を踏ん張って、突き出した腕に力を入れる。
7階から1階までの時間をこんなに長く感じたのは初めてだった。
「南野っ、俺っ、本当にっ…」
「…いい加減にしてくださいよ!」
腕の力が限界で押しつぶされそうになった瞬間、到着を知らせる音が鳴って逃げるように外に出る。
そのまま走るつもりが後ろから腕を引かれて転びそうになってしまう。
「まさか社長に話したのか?」
怪訝な顔。
だから今の僕にはそんな余裕ないって。
うんざりしながらも笑顔を作って首を傾ける。
腕を強く引っ張られて、体が大きく後ろに傾いた。河野さんが近付いた気がして慌てて体を強ばらせて距離をとる。抱き込もうとでもいうのか、後ろから首に腕が回される。
こんな日中に、明るい日差しの中で近距離の男2人。
いらぬ誤解を招きかねない体勢。
「何を、ですか?別に報告するような事は何もなかったはずです。引き継ぎは後日しますよ。…っ、離してください。」
焦って早口になってしまっている。
体を揺らして少しでも距離をとろうとしても、首に回された腕に力がこめられるだけだった。
背後に立つ河野さんが何を考えているのかわからなくて恐怖すら感じる。
力では適わない僕は、無理に笑顔を取り繕った顔を向ける。
「心配しなくても平気ですってば。」
会社でいつも使う顔を貼付けてあるはずだ。
「おい、何やってる。」
…
少し先に、優也さんがポケットに手を入れて立っているのが見える。
見られた?
遠目で見たら、抱きしめられているように見えてしまうんじゃないだろうか。
その声を聞くだけで心臓が、ばくばくと音をたてる。
これ以上、疎まれたくはない。
どうせ切られるだけだとしても、せめて嫌われないままでいたいのに。
「俺を待たせて何をしているのかと思えば、いい度胸だなぁ。」
近付いてくる声にあからさまな怒りが含まれる。
それに気圧されたのか、首に巻き付いていた腕が外される。
「すみません。すぐ行きます」
そう行ったものの優也さんはもう目の前にいて冷たい視線で僕を見据えている。
昨日見ていた人と同じ人物とは思えない高圧的な空気をまとって。
瞳の黒さで感情を包み込んだみたいに静まり返った冷たい瞳。
その上、眉を歪めて怒りをあらわにしている。
「火野、社長?」
河野さんが背後で凍った声をあげる。
そうか。これが親会社の社長。系列の会社をまとめあげる火野優也、の顔なんだ。
「お取り込み中悪いんだが、話があるのはこちらも同じでね。失礼するよ。」
河野さんを見ながら僕の腕をさっと掴んで自分の方に引き寄せられる。
ふうわり優也さんの香りがする。
歩き出した優也さんに引き摺られるように車に向かう。
車に乗るのを躊躇った瞬間
「お前を攫いにきたんだ。来ないなんて言わないだろ」
そう微笑まれて、反論もできずに頷く。
この人に攫われる。なんて夢のような響き。
僕が女性だったら舞い上がって付いて行くだろう。
残念ながら僕は男で、自分は通りすがりだってわかってる。
静まれ、心臓。
こんなに不機嫌に登場したんだ。捨てる為に攫いにきた事は明らかじゃないか。
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