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橘さん
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地下の駐車場からシルバーの高級車が出てきた。
運転席に橘さん。
おいでおいで、と手で呼ばれて助手席に乗り込む。
爽やかな柑橘系の芳香剤。後ろの席には何故かぬいぐるみが乗っている。
茉莉花さんの車?かな。
「慌ただしくさせてごめんね。」
「いえ、送迎させてしまってすみません。」
かしこまって言うと、ふふっと笑って肩をポンポン、とたたかれた。
「そんなに緊張しないで。今はかしこまる必要ないよ。きてくれてありがとう。本当に嬉しいよ。ゆうくんの事よろしくね。」
柔らかい対応。眩しいほど爽やかな笑顔。
優也さんはこんなまぶしい笑顔を見慣れているんだなぁ。
自分が急に貧弱に感じる。比べるのもおこがましいんだけど…
「こちらこそよろしくお願いします。優也さんはゆうくんって、呼ばれてるんですか?」
くん、ってガラじゃない気がするけど…
「もともと僕はゆうくんの家庭教師だったんだよ。それからの付き合いだからもう20年くらいになるのかな。昔からモテる男の子でね、彼女なんてとっかえひっかえしてたなぁ。」
やっぱりそうか。
まぁ、あの容姿でそうならなければおかしいんだろうけど。
なんかちょっと面白くない。
でもそんな顔を表に出すのもなんだから、笑顔を貼付けて話を聞く。
「そうでしょうねぇ。羨ましい。」
無理にそう言った僕をまじまじとみて橘さんは大きな声で笑いはじめた。
「あはははっ、本当に、面白い子だねっ」
そんなに笑われる要素がどこにあったんだろうか。
謎だ。謎過ぎる。
大笑いした橘さんは、秘書ですと名乗った時とはまるで違う空気を纏っていて別人と話をしているみたいだった。
「ちょ、橘さん、な、何がそんなにおもしろかったんですかっ?」
ぎょっとした僕は慌てて、お腹を抱えて笑い続ける爽やか青年の笑いをとめようと声をかける。
「いやぁ、くくっ。可愛いなぁ。ゆうくんがムキになって連れてこいって言った理由がわかるよ。心配で心配でたまらないんだろうなぁ。」
笑いながら話す内容がちっともわからない。
優也さんがムキになったって?全然イメージ沸かないし。
どうしてこう、僕には人の気持ちを理解する力がないんだろうか。
「ごめんごめん。君は、愁くんはそうやって生きてきたんだね。そのつくりものの笑顔、不器用でとってもかわいいよ。ゆうくんの言う通りだ。」
つくりものの、笑顔…
優也さんにも見透かされていた?
ぽかんとした僕を放置したまま橘さんは笑いながら話をすすめる。
「ゆうくんが、笑顔をつくる天才だって。つくりものの笑顔があんなに可愛い男は見た事がないって。そう言ったんだ。予想以上だったね。愁くん、君はゆうくんが好きなんだね」
好き、すき、スキ…
僕とは縁のない言葉。使ってはいけない言葉。
優也さんの事を考える時は、いつも苦しい。
だから昨日から、いや正確には月曜日からずっと僕は苦しいんだ。
この気持ちは他に何て言葉に置き換えたらいいのかわからないでいる。
「正直ね、ゆうくんが他人に興味を持つ事があるなんて想像もつかなかったんだよ。だからずっと秘書はいなかった。それが突然、今日にでも秘書にしたいと強引な事を言い出した。この会社で秘書にするって事はそれだけ大切にしたい相手って事だから誰もが驚いたよ。まさか、あんな執着心を僕や茉莉花に見せるなんてね。」
執着、されているんだろうか。
正直、優也さんとは出会ったばかりだしそんなに重要な役目に僕をつけるのはどうかと思う。
でも。
あんなに無防備に僕を側に置きたいと言う優也さんを、自分のものだと言い切った優也さんを…
遠ざけてまでしたい仕事があるわけじゃない。
そんなに僕に”執着”してくれた事が今は素直に嬉しい。
好きで一人でいるわけじゃない。
嫌われて疎まれるくらいなら近付かない方がいいと思っているだけ。
そうなりたくないから誰とも仲良くなりたくないだけ。
それから
他人があんなに、心地いいと知らなかっただけだ。
優也さんの側にいたい。優也さんの役に立ちたい。
優也さんが、欲しい。
そうか、これは
「そう、みたいです。僕、優也さんのこと…」
この気持ちを人は好きって言うのかもしれない。
苦しくても、誰かのものだと知っていても、考えるのをやめられない事。
手を伸ばしても届くかどうかわからない。それでも隣に並んでみたい。
「その気持ち、本人に直接伝えてあげてほしいな。」
柔らかく僕に微笑みかける橘さんは理想のお兄さん像そのものだ。
こんな家庭教師、どこで見つけてきたんだろ。
「橘さんみたいにスマートに仕事のできる人になりたいです。」
自分の中で1つ急激に意味をなした言葉
”優也さんが好き”
僕がこの気持ちを持つ事は正しい事じゃない。
でも残念ながら本当の事で、この気持ちはきっと誰にも取られる事はない自分だけのものだ。
「この仕事はね、きっとプライベートを巻き込んでしまうものになると思う。だから必要以上に気を遣わないようにしないと長続きしないよ。困ったら何でも相談して。僕の事はゆうくんと同じように奏介、で構わないから。」
ゆっくりと僕のシートベルトをしめてくれる。
「奏介、さん。」
そう言うとよしよし、と頭を撫でられる。
「あの、ありがとうございます。僕、その、きっと…この話をしなかったら気付かなかったです。」
車が滑らかに動き出す。
「僕が秘書に任命された時も他社で働いていた時だったし、当時の社長、つまりゆうくん達のお父さんに説得されてね。やっぱりかなり躊躇ったから。最終的には茉莉花に泣きつかれたから仕方なくついたんだけど、今の愁くんの気持ちが少しはわかるつもりだよ。」
しみじみと噛み締めるように言うその口調が嘘じゃない事を実感する。
「後悔、してるんですか?」
プライベートの時間ごと買い上げられているような仕事。
普通の会社員のままでいたなら、そこまで束縛される事はないだろう。
「僕が隣で守ってやれなかったら、きっと後悔する。だから決めたんだ。」
まっすぐ前を見据えた瞳。この人はきっとずっと茉莉花さんを見てきたんだろう。
誰かのためにと生きる姿はとても潔くて、少し憧れる。
男として、こうやって生きてみたいものだと思う。
「愁くんのその笑顔はこの仕事上で必ず武器になる。ゆうくんの事が好きなら尚更、ね。」
不思議だ。
この人に言われるとちっとも嫌味に聞こえない。
それどころか、応援されているような気にさえなる。
「奏介さんと知り合えてよかったです。ご迷惑をおかけしますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。」
素直に気持ちを口にした。
それを横目で微笑みながら見てこちらこそ、と奏介さんは言ってくれた。
環境がいいと人間はみんな、いい人になれるんだろうか。
僕もいつか、変わる事ができるだろうか。
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