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フタミ_2
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ロッカーの荷物をまとめて紙袋に詰める。
といってもたいした物は何もなくて入社当時から忘れっぱなしになっていたネクタイピンと、いざという時のためのワイシャツが1枚と置き傘があるだけ。
荷物も少ないな。思い出の品があるわけでもない人付き合いのなさに今更ながらあきれる。
フロアに戻った僕を取り巻くのは、好奇心丸出しの視線だった。
それもそうだ。
親会社から引き抜かれる、なんて話聞いた事もない。
だいたい僕なんて、親会社の社長の顔も知らなかったんだから。
どんな汚い手をつかったのか
誰とどんなコネをつくったのか
その相手と何があったのか
興味はつきないだろうし、何か言えばきっと語弊を招くだろう。
全てを見ないフリ聞こえないフリをして課長の元に向かう。
机の前に立った僕を怯えるような目で見る課長。
嫌味と理不尽のこもったお説教を長年続けてきた彼は、僕に恨まれているとでも勘違いしているのかもしれない。
苦笑いをしながら挨拶をして、そうしてこの職場を離れる事になったと伝える。詳しくは社長から聞いて欲しいと。
この状況で僕が何を言っても多分無駄だから。
社長が何と言って説明しても別に構わない。
「そうか。早急に引き継ぎをしないとな。河野、悪いが南野の仕事を頼む。」
こっちの話が気になって仕方ないのか、河野さんはじっとこちらを見ていた。
その視線に違和感を感じながら、僕は小さくお願いします、と言う。
ロッカーから持ってきた紙袋に私物のボールペンやカッターなんかをしまうと後は書類の山だけになる。これを全てを上司に押し付ける。押し付けられる河野さんはどう思っているんだろう。
ただでさえ雑用仕事の多い部署。
個人が受け持っている事もそれぞれだ。
「南野、午前中にもらった書類で確認したい事もあるからそれも含めて引き継ぎしてくれる?そっちの書類も広げるとなるとここじゃ狭いから資料室に移動しようか。」
資料室。
昨日の事が思い出されて背筋が泡立つ。
「そっちより食堂の方が広いんじゃないですか?」
さりげなくそう提案していると、内線が入った。
奏介さんだ。
「すみません。ちょっと失礼します」
激しくなった頭痛を両手で押さえてフロアを横切る。
すれ違う人みんなが振返る。
誰も彼も興味があるのだろう。
目立った事もなかった僕が、一流の親会社に行くその理由に。
「南野さん。お待たせしました。無事に話がまとまりましたのでご心配なく。後はあなたに来て頂くだけです。」
にこにこと爽やかな笑顔を向ける奏介さんは僕だけじゃなくて、受付の女の子達の視線も釘付けにしている。
「ありがとうございます。ずいぶんなお手数をおかけしたようで申し訳ありませんでした。」
その視線に戸惑いながら近付く。
「これくらい、どうって事ないですよ。あなたが火野の秘書になるという事が1番大切な事です。実現すれば私にとっても、会社にとってもこんなに喜ばしい事はありません。」
入り口の方まで歩きながらそう言われると気恥ずかしい。
この会話はきっと筒抜けだろう。
これが噂のもとになって社内を飛び交うだろうと予測がつく。
だから大袈裟に言ってくれたのかもしれない。
「顔色が悪いようですね。無理せずに迎えを待ってくださいね。もし会社から出る事になりましたらご連絡ください。火野は連絡がつかない事をとても嫌いますから。」
ものすごく恐い顔の優也さんが想像できる。
「そうなんでしょうね。僕は今朝、ずいぶん怒らせてしまったみたいですから」
曖昧に笑って、一緒に外に出て車に向かう。
「あなたがゆうくんの秘書になる。そのために彼は会社をつぶすとまで言ったんだ。この程度の事はなんでもないんだよ。知りたくなかった部分かもしれないけど手土産としては足りないくらいだ。」
優しく微笑まれる。
大人の事情に躊躇った僕に気付いているように優しく。
そう、僕のせいで会社をつぶされるよりは、会社に売られたと思う方がまだいい。
「どうぞよろしくお願いします。奏介さんを目標にしていきたいって真剣に思っていますから。」
ぺこり、頭を下げる。
下げた顔の目の前に手が差し出される。
「うん。よろしくね。」
固く握手をして車に乗り込んでいく。
シルバーの高級車を見送りながらぼんやりと考える。
本当にこの人と同じ仕事なんて勤まるんだろうか。
わからないけど、やってみるより他に道はない。
会社を辞めると言ってしまった以上、退路はどこにもない。
進むしかないのだ。
自分が前に進んで行くしか他に生きていく方法はない。
フロアに戻ると河野さんの姿が見当たらなかった。
課長に聞くと、大量の書類を持って資料室に向かったとのこと。
2度と行きたくない場所ではあったけど仕方ない。
重い足取りで半地下の資料室に向かう。
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