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暗い部屋_6
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「榎本夏彦、榎本病院の御曹司で整形外科医。大学卒業後、同病院に就職。父親、榎本尚之。個人経営だった病院を1代で総合病院にし、地元では絶大な意見力を持つが…現在、喉頭がんで闘病中。榎本総合病院の次期医院長は榎本老人ケアセンター長に就任したばかりの母親、榎本明美に引き継がれる予定。…なんだ、母親に負けたのか。残念だったな。」
紙の束を持って読み上げている優也さんを見上げる。
手元を覗き込むと、びっしり黒い文字で埋め尽くされた書類。”南野愁 身辺調査途中結果”
と見える。
調べられていた?
僕が頭のおかしいモノだと知っていて雇ったの?
「なんだと。てめ、そんな事、関係ねえだろ。」
口を挟んだ夏彦の声を遮るように話し続ける。
「関係ない?君が連れ帰ろうとしている南野愁は社内の重要機密を取り扱っている。誰にでもできる仕事ではないうえに、社外に漏らしてもらっては困る事を見聞きしている。辞めるにはそれなりの手順を踏み、その上で違約金を支払い、引き抜きを行う者、つまり君にはその損害分を補填してもらう必要がある。」
そんな話、秘書になると決めた時には聞いていない。
…
僕はまた、騙されていたのだろうか。
夏彦を真正面に見る形になっているこの状態では全く落ち着かない。
少しでも遠ざかろうと体を引き、テーブルと優也さんの隙間に入りこむ。
指先に慣れ親しんだ冷たい感触。僕の手はそれをぐっと握った。
無力な僕は武器でもなければ抵抗できないから。
「違約金くらい自分で払わせる。損害分?は実家に請求してくれ。それでいいだろ。」
損害分、いくらになるんだろう。
これもまた借金になるんだろうか。
僕の高校通学にかかる費用は自称父親が払ってくれた。入学金から授業料、制服代や定期代。
夏彦はそれを知っていて借金には利息を支払う義務があると言ってきた。
お金なんてもっていない僕は夏彦の言う通りにした。
つまり、体と引き換えにしたのだ。
今度は一体何を差し出せばいいんだろう。
もともと、僕の持ち物なんて何もない…
また絶望的な暗闇に足を掬われる。
もう少しで光に手が届くはずだったのに…
「愁は、どうしたいんだ。」
ポン。と頭に手を置かれる…
優也さんの黒い瞳が優しく揺れて、僕を包む闇が薄くなる。
身辺調査されていた事が頭の中を、くるくる回る。
「僕、僕、は…」
「実家に帰るんだって言ってるだろう。」
夏彦が苛立った声を上げて僕の腕に手を伸ばしてきたのが見えて、ぎゅっと目を閉じると僕の肩を抱いたまま優也さんが一歩、玄関の方に体をずらす。
「触るなと言っているのがわからないのか。俺は、愁に聞いているんだ。帰りたいと言い出したのは愁なのか?」
お願いだから、そんな苦しい顔をしないでください。
そんな顔を見てしまったら嘘をつきずらくなる。
どうしたらいいのかわからなくなる…
夏彦を十数年ぶりに見た瞬間。
絶望して、逃げる事を最初からあきらめていた。
昔のように自己暗示をかけて自分を騙して心が壊れないようにしようと。
それをもう一度繰り返そうとしていた。
死にたいと願っていたのに自分を守っていた。
肩を抱いてくれている腕に触れて、その瞳をのぞいて、ようやくわかった。
どうして壊れないようにしようと思ったのか
どうして守りたかったのか
「…ここにいたいです。帰る所は、ここしかないんです。あなたの隣に置いてください」
死ぬ前にもう一度、この人に会いたかったからだ。
それだけのために、生きようと思ったからだ。
「てめぇっ、わざわざ迎えにきてやったのにっ、いって、なにすんだ。」
言いながら夏彦が尻餅をつく。優也さんが足を払ったようだ。
「ああ、すまん。足が滑った。そういう事でオニイサン、愁は帰らないそうです。」
転ばされて真っ赤な顔をした夏彦は、馬鹿にされた事がわかったんだろう。
言わないでいてと願い続けた事を口走った。
「いい加減にしろ。ソレは殺人の過去を持つ犯罪者だ。だから僕が引き取りにきてやったんだ。」
—!!
終わりだ。それを言われてしまったらもう終わり。
耳の奥でキーンという音が鳴る。
痛いくらい頭に響く音。
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