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午前中しか休めなかった僕は、病院をあとにして仕事先に向かった。
昨日電話をしていなかったら、恭治の状態をわからないまま、まだ一人で家にいただろう
今何が起こったかわかったけれど、まったく反応のない恭治
どちらにしても恭治は僕のそばにいない・・・
そんな気持ちを振り払うのに仕事はうってつけだったから、いつにも増してのめり込む
そうでもしないと眠ったままの恭治が、僕を縛りつけることに抵抗できなかった
一日をなんとかやり過ごし、家に着いたけれど何かを食べる気にならない
この前まで、何をつくろうかと悩むことのない生活は素敵にみえた。でも「うまいな」といって嬉しそうに食べる相手がいないのは幸せでも何でもないんじゃないか?
恭治がおいしそうに食べる顔を見たいから、色々料理をした
それなのに「作ってやっている」と思い始めた僕は、何を忘れたんだろう
「作ってもらって当たり前とか思ってない?」なんて恭治に言ったから喧嘩になったんだ・・・
台所に行く気もしなくなって、風呂に入ることにした
湯船の中で目を閉じる。何度もウツラウツラしているうちに、お湯が冷たくなってきた。
その度に熱いお湯をたし、また目を閉じる無意味なことに気がついてようやく湯船から出る。
「風呂の中で寝るなよ」
そんな恭治の声が聞こえてこない
そう言われるたびに、風呂ぐらい勝手にさせてくれよとイライラしたんだ・・・
恭治、僕はなんであんなに毎日イライラしていたのかな?
答えはもちろん返ってこない
一人って・・そういうことなんだ
テレビをつけてみたけれど、そこに映る映像は脳に届かない。静かに眠る恭治が頭の中に居座っているから。どちらかが消えてしまったら、互いに楽なんじゃないかと思ったこともあったけれど、実際その可能性がでてきた現実は僕に重すぎた
恭治が・・いなくなるかもしれない
あの黒い瞳がもう見られない?
「諭」と名前を呼ぶ声も記憶の中にしか存在しなくなる?
意味がわからない
一緒にいた時には感じなかったものが沢山見えてしまう。
片方の空いたソファ。ひとつだけ床においてある潰れたクッション。マガジンラックから覗くやりかけのクロスワードの本
この部屋には恭治だらけなのに、本人がいない
堪らなくなって目を閉じる。
まだ・・暗闇の方がいい
肌寒くて目が覚めた。乾かさないままだった髪がごわごわしている。
随分、寝てしまったようだ。テレビの画面は見たことのない映画に変わっている。時計をみたら1:30。
このままだと風邪をひきそうだ。立ち上がって寝室に行こうとした僕の体は固まった
ドアノブに手をのばそうとした瞬間
恭治が、ドアをあけて出てきた
「ちょっと、恭治、え?」
僕はすっかり混乱している。なんで帰ってきている?ずっと寝室にいたのか?なぜ僕が帰ってきたのに出てこなかった?もうそんな気もしなかったか?
なんで退院したことを黙ってた?瑞希さんも瑞希さんだ、なぜ言ってくれない、いや恭治お前がだ!
電話ぐらいできただろう。なんで黙って帰ってきた!
「なんで黙ってたんだ!」
恭治は僕をぼんやり見つめながら、床に座る。お気に入りの潰れたクッションの上に。
少し何かを言いかけたまま、口を開かない
僕は頭に血が昇る
「僕がどんな思いで君を・・・。ねえ、なぜ黙っていたの?意味がわかんないよ!」
君が消えてしまうことが、どれだけ怖いことなのか気がついてしまったんだよ?その姿を寝室から見ていた?掴みかからんばかりの僕を静かに見つめがら恭治が口を開く
「だって。お前にいってもプレッシャーになるだけだろう。それが嫌だった」
は?意味がわからない。何を言っている?
次の瞬間、僕は言葉を飲み込んだ
「諭。お前を選んだのは俺の選択だった。その選択に後悔はないよ。ただ。自分が思っていたよりも結果が最悪だっただけだ。俺を可愛がってきた両親の当然の反応だったんだよ」
これって瑞希さんが僕に話したことじゃないか?病室で
混乱と不安でわけがわからなくなった。自分と恭治の会話がずれていて、眠りから覚めた恭治は質問に答えないで違う話しをしている。
「俺はそんな顔をさせたくなかったから、言わなかっただけだ。黙っていて・・・ごめん」
「いや・・いいけど」
他に何を言えばいい?
「この際だから言っておくよ。俺、お前と住むって決めた時両親に言ったんだ。好きな相手がいて同性だってことをさ。そしたら両親は受け入れることができなくて、俺の存在自体を無かったことにすることにしたんだ。あそこの家に俺はいないんだよ、この先もずっと」
「でも引っ越しの時に、荷物を送ってきてくれたじゃないか・・・。」
「あ・・・あれはね。俺が見えるものすべてを捨てる作業を始めてね、生活に必要なものだけ送ってきたんだ。写真もはいってたから、アルバムからはがしたんだろうね。送り状は姉ちゃんが書いた。俺の住所は知る必要がないようでさ。でも大学はだしてくれたから感謝しないと」
僕は両親に何も言えてないよ。ずっと避けてきた。何もしらないとはいえ、話題の中に両親がのぼったことだって沢山あった。僕は君を随分傷つけたのだろう・・・。
居た堪れない気持ちって、こういうことをいうんだね
「だから、そういう顔をしないでくれよ頼むから。俺の選択の結果、両親との間に溝ができた。でも諭のせいじゃない」
そういって笑顔を見せる恭治。君のそんな綺麗な笑顔をみたのは久しぶりだ、ほんとに
「俺、お前と生きていきたいって・・そう思ってる、今でも」
僕のイラ立ちが甦る。止められなかった
「でも、恭治は言った、「引っ越しする金があるか?」って」
恭治が眉間にしわを寄せて僕を見る、だって・・君が言ったんだよ
「それってどういう意味だよ」
どういう意味って。それを僕の口から言わせたい?君が言ったことなのに?
やりきれない思いで口にだす
「別れたいって・・・こと・・なんじゃない?」
僕の声は思ったよりも随分小さくなってしまった。
「俺は・・・そんなこと絶対いわない!言うとしたら、諭のほうだろう?俺じゃない」
あの日の、朝の会話が続いている・・・
「諭、他に好きなヤツでもできたか?」
僕は恭治の目をみて後悔した。その眼は僕への愛で溢れてから
「諭がいなくなるのは予想してたんだ」
恭治?何を言っている?
「もう。こんな俺はいやか?」
痛い、体が痛い
恭治が、僕から遠ざかろうとしている
断りもなしに!
「恭治!」
僕は叫んだ。叫ばないと、いなくなってしまいそうで
「許さない、僕だけをほっておくなんて許さない!ここにきて、ここに・・・」
言葉はむなしく空を漂う
僕は恭治のあとを追いかけて寝室のドアを引きあける。
そこで再び僕の体は固まった
そこには、誰もいなかった・・・
一睡もできないままに朝を迎えた。
恭治を追って寝室に行って空っぽの部屋を見た時、恭治はまだ病院で寝ていると確信した。
そんなことを説明するために瑞希さんに深夜電話をする気にもなれず、結局ソファにまるくなったまま考え続けていた、恭治が来た意味を。
のろのろと起き上がってシャワーを浴びると、少し気分がすっきりしたから意を決して、携帯を握る。
朝の7:00すぎ・・・。一度しか会ったことのない人に電話するには失礼な時間かもしれないけれど、瑞希さんにも言っておくべきだと思った。
「おはようございます・・すいません、こんな早くに」
「おはよう、どうしたの諭くん」
「あの・・恭治の様子は?」
「何も連絡がないから・・・変わっていないと思うけど・・・?」
なんでそんなことを改めて聞くの?と咎められたような気になる。
「あの。昨日恭治が僕のところに来たんです・・・」
「え?」
「瑞希さんに・・それを言わなくちゃと思って。すいませんこんな時間に・・・。」
僕はまた謝ってしまった。
「諭君仕事は?」
「今日は午後からで・・・」
「わかったわ、じゃあ後で」
唐突に電話が切れた。恭治とそっくりだ・・・。最後まで話しを聞かないで・・・。
病院で会うということなのだろう、僕は家を出た。
恭治は昨日と一緒で、眠ったままだった。
念のため、ナースステーションで昨晩の様子を聞いたけど、変わったことはなかったようだ。
恭治、僕がいなくなることを予想していたってどういうこと?
いつか僕がいなくなると思い続けながら一緒にいたの?
それって・・・苦しくないか、あまりにも・・・。細い手頸にそっと触れる。僕の好きな細い手頸・・・
カタン
瑞希さんの音が後ろに聞こえた。
「おはようございます・・・。僕が病院にこなかったらどうしてたんですか?瑞希さん」
いきなり、そんな言葉を言ってしまった
少し不思議そうな顔をした瑞希さん、恭治と一緒だ
「だって、諭君はここに来ると思ったから」
「でも、時間も何も・・」
「来るってわかったから」
「恭治もそうなんですよ、今みたいに僕が言ったら『わかったんだよ、だからいいじゃないか』って言いますよ」
「そう、キョウもなんだ。でもわかるから・・・そうね確かに変かもね」
「僕は・・最後まで聞いてほしいんです」
瑞希さんは窓の外を眺めたあと少し寂しそうな顔をした
「自分にとって当たり前のことでも相手には違うことが多い。何が原因なのかわからないまま私は相手とすれ違っていくことが多いの。きっとこういうことなのね」
僕は何もいえなかった。そのとおりだから
「言葉ってそういうときのためにあるものなのに、時間がたつと一番使わなくなるものよね、互いに・・不思議だわ」
「そ・・うです・・ね」
2回しかあったことのない瑞希さんと僕はこんな話をしている。6年間一緒にいた僕達は、こんな話をしたことがない。必要がないと思っていたから。
僕の毎日のイラ立ちは、恭治に対してじゃなくて、僕達の間に言葉がなくなってしまったことなのかもしれない。言えないことを抱えたから、それを恭治のせいにしてしまったのかもしれない・・・・。
「キョウがあなたの所にいったの?」
そうだった・・僕はこの話しをしたくて瑞希さんに会っている
「ええ、昨日、いや・・今日になります。1:30頃寝室から出てきたから僕は怒った。帰ってきたのになぜ黙っていたんだって。そしたら恭治が僕に言っていなかった・・・あ、いや瑞希さんから昨日聞いたけど、・・両親の話しをして。また寝室に戻ったから後を追ったら、部屋がカラッポだった」
しどろもどろの言葉は自分で聞いても恥ずかしくなるようなものだった。ただでさえ信じられないような話しだというのに、こんな説明じゃ伝わるはずもない
「そう・・・」
瑞希さんは恭治のおでこにそっと触れたあと手の甲で頬をなぞる。体温があることを確かめるように。
「怖くて・・聞けないことや言えないことが沢山あったのね、キョウ」
「瑞希さ・・ん?」
瑞希さんは僕に真っ直ぐ目を向けて言った
「あなたの言ったこと信じるわ。疑うより信じることのほうが楽なことだってある」
頭を殴られたようなショックを受けた。
毎日イラだっていた僕は、恭治を信じていたのか?そんな僕を恭治は疑った・・・?
信じることが当たり前で、そっちのほうが自然だった僕達は、いつからそうじゃなくなったんだろう・・
「たぶん、キョウはあなたと話したいことがあるのよ。でも普通だと無理だから、きっと・・こんな形で貴方に会いにいったのよ。だから目をさまさない」
瑞希さんの言葉はいつもの僕なら笑い飛ばしたかもしれない。でも今ならわかる。
僕と話すために恭治は眠っている・・・
「いずれにせよ、キョウの目を覚ますことのできるのは諭君、あなたしかいない」
「恭治と・・話しをします、僕」
僕の目を見つめながらほほ笑えむ瑞希さんの瞳が、少し潤んでいた。
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