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august.31.2017 fall
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「空が高くなった」
理はマグカップ片手にベランダで空を見上げている。夏の熱さは僅かの日数でおしまい。真夏日が連続10日の記録なんていう出来事があったが本州の人にとっては「それが記録?」という程度だろう。
朝と夜の気温が下がり、日中との温度差が広がりつつある。8月最後の日、予想最高気温は23度。爽やかといっていい空気が気持ちいい。
「本当だ、雲が秋めいてきたな」
二人で空を見上げれば、高くなった空にいわし雲。青い空にポコポコと浮いている。
「トウキビ、カボチャ、じゃが芋、そんな季節になったね」
「栗を忘れてるぞ」
「あ!栗!今年も作ってよ。栗のポタージュ」
「ああ、もちろんだ」
野菜を使ったポタージュの作り方は基本同じだ。玉ねぎとセロリを炒める。ローリエと水を加えて主役になる野菜を加えて火が通るまで煮込む。火が通ったら熱いうちにミキサーにかけ撹拌。店なら一度濾すが自宅ならそのままでもよし。牛乳と生クリームと合わせて塩胡椒で味を整えるだけ。
特別難しい手順はない。この基本に作り手のアレンジが加わる。例えば、カボチャやコーンを使う時には人参も炒める。人参のオレンジ色が仕上がりの色を鮮やかにしてくれるからだ。
栗、ゴボウ、豆類、じゃが芋やサツマ芋の芋類。手軽で胃に優しい一皿が加わるとテーブルが温かい雰囲気に変わる。
「コーンポタージュも外せないな」
缶詰は使わない。生のトウキビを茹でて実を外す。俺は玉ねぎとセロリの他に少しだけベーコンを加える。ベーコンのわずかな風味とコクが隠し味。
「なんだよ~ヨダレでてきたじゃないか」
理はニカっと笑顔を浮かべながらコーヒーを飲んだ。その顔は「これがポタージュならいいのにな」そんなことを言い出しそうだ。
「月曜日コーンポタージュにしようか」
「いいね!大賛成。そうなると「とうきびご飯」も食べたいな」
「両方とうきびだ。くどくないか?」
「何で?全然だよ。炊き込みじゃなくてあと混ぜのほうがいいな」
理の言うあと混ぜ。炊飯器で炊き込むレシピもあるが、俺は違う。トウキビは茹でるより皮をつけたままレンジをしたほうが甘く仕上がる。ただご飯にするときは塩を強めにしてゆで上げる。塩味とトウキビの風味が移ったゆで汁でご飯を炊くためだ。そしてもう一つポイントは実を外した芯も一緒に炊き込む。さらにトウキビの風味が増して美味しさが違う。外した実はバター醤油にして(少し焦げ目をつけると更に良し)炊きあがったご飯に混ぜる。
シンプルな塩味のご飯とバター醤油のコーンが絶妙でついつい食べすぎてしますから困りものの一品だ。
「あのさ、とうきびご飯を握ってオーブントースターで焼いたら美味しそうじゃない?」
「それは美味しいに決まっている」
「だよね……うわ!もう今日にでも食べたい!」
「夜食べると全部贅肉になるぞ」
「だよね。それにこれから仕事だっていう朝に食べるのも残念な気がするから、やっぱり月曜が最適か」
「4日の我慢だ」
「そうだね」
理はスマホを取りだし時間を確認した。いつもよりベランダで余計な時間を過ごしてしまったようだ。
「あ……」
「どうした?」
「今日31日だよ。ミネの両親が来る日だ」
そうだった……。なんとなく皆落ち着かない気持ちで毎日を過ごしている。どうにかなるさと言っていつもどおりを装う村崎。北川は昨日から実家に帰っている。当たり前にあった二人の生活がいっきに変わっただろう。
「俺のほうが緊張している。衛は面識あるから気持ちは楽だよな」
「久しぶりに逢えるのは嬉しいよ。でももし、何か知っているか?なんて聞かれたらどう答えるべきか悩んでいる」
「それはあるよね。ミネが言葉にしていないのに俺達が先に言うのは違う気がするし。でも知りませんっていう嘘を綺麗につける自信もない。猛烈に忙しくて、お話ししている暇がありません!そんなタイミングで来てくれないかな」
「とりあえず今日は高村さんがホテルを用意したんだろ?」
「グランドホテルの「黄鶴」が思い出のレストランらしい。なんの思い出かは知らないけどね。ディナーと宿泊をプレゼント。だから今日は店に顔を出すだろうけど長居はしない、というか「させない」って充さんが言ってた。そして翌日には人間ドックにいれちゃうらしいよ、泊りコースの」
「タイトすぎるだろう、それじゃ」
「で、そのあと洞爺と登別の温泉」
「はあ?」
「予約を頼まれたらしいから、俺なりの最善をつくしたって。外国の観光客の多さはミネの両親がいた頃よりずっと増えているだろうしね。北海道の温泉は人気だってたたみ込んだみたいだよ。狸小路のドラックストアに連れていくかもななんて冗談を言ってた。充さんも心配なんだと思う」
「そうだろうが……でも帰ってくる日はやってくる」
「そう、そのとおり」
理と俺はリビングに戻った。いくら心配しても物事がいい方向に転ぶとは限らないし、まったく見えない状況のままだった。でも、それでも、心配をしてしまう。
「俺さ、今回ミネと正明が乗り切ってくれたら、俺達の未来も明るくなるような、そんな勝手な思いがあるんだ」
「俺達の未来は暗くはない」
理は少しだけ微笑んだ。
「そうだと俺も信じている。ミネだっていつかこういうことがやってくるのは予想していただろう。でも意外と早かった。そしてその場、その時にならないと明確な事態を掴めない。ようは何も見えないってこと。俺と衛の未来も明るいものであってほしいと願っているよ。でも不測の事態がやってくるかもしれない。
だから……二人には頑張ってほしいんだ。ホント勝手だな、俺」
理の手からマグカップを取り、テーブルに置いた。そして抱きしめる――かけがえのない存在を。
「今までもどうにかなってきた。それほど困難があったわけではない。でも俺達なりに葛藤や悩みもあった。でも今がある。だからその時が来たら二人で考えればいい。二人で乗り越えればいい。無理だと思ったら皆がいる。助けを求めればいい。それに兄さんも紗江さんもいる。だから大丈夫だ」
「……わかってる」
「……大丈夫だ」
俺の根拠のない「大丈夫」 それでもないよりはましだ。
「俺達が挙動不審になっていたら村崎も北川も不安になるだけだ。いつもどおりに俺は動くよ。村崎とオーダーを捌いて鍋を振る。だから理もいつものようにホールを締めて店内を盛り上げてくれ。きっとSABUROが助けてくれる。俺達も、村崎達も」
「うん」
俺達はそのまましばらく抱き合っていた。いつもより出勤の時間が遅くなるだろう。それでも自分の腕の中にいる理と、背中に回っている理の腕を感じていたかった。その確かさを自分に刻みたかった。
村崎と北川は今一緒にいない、その状況に胸が痛んだせいで、理を抱きしめる腕に力がこもった。
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