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september.4.2017 記念日の翌朝
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目を開けると薄っすら明るい日差しがカーテンの隙間から漂っていた。スマホで時間を確かめようとベッドヘッドに手を伸ばすといつもと違う場所にぶつかった。ああ、そうか、ここは理の部屋だった。
寝る前に窓枠に置いたことを思い出し伸びあがってスマホを手に取る――時間は4:30。起きるにはまだ早い。
9月3日は同居記念日。理がここに引っ越してきた日だ。一緒に住んでいない頃のことを思い出す。理はまだロゴスに勤めていたから毎日顔を合わせることができなくなった。電話で話すのも気詰まりだったし、わざわざ電話する理由になる出来事はそうそう無い。ただ声が聞きたいからと正直に言うのはまだ照れがあった。今なら平気で言えるけれど。
ちゃんと食べているだろうか、体調を崩していないだろうか。今日はなにがあった?明日はどんな予定?そんなことばかりが頭に浮かんだ。それを聞きたい相手は目の前にいない。入社してから毎日顔を合わせることが普通だった。週末を過ごすことになって顔を見ない日は週に1日しかない、そんな日々を過ごした。それが突然変わった。覚悟はしていたが想像以上に堪える毎日に耐えられなくなり一緒に住もうと言ったあの日。
俺と理は「家族」になった。兄さんと紗江さんに応援してもらい、綾子が生まれた。村崎と北川が恋人同士になり、トアも坂口さんと付き合っている。
二度目の同居記念日……あっという間だったのに、思い返すと沢山の出来事が詰まっている。
こうして同じベッドにいることがとてつもなく幸せなことだと感じて背中越しに理を抱きしめた。温かい身体と滑らかな肌。項に鼻先を埋めて目を閉じた。これほど大事だと思える相手とともに毎日を過ごしている。これから起こるかもしれない困難、解決が難しい問題。そんなことがあったとしても、今感じている気持ちがあれば頑張れる。理がいれば頑張れる。
「ん……」
理がモゾっと動きしっかり抱きしめている腕がペチペチと叩かれた。いつもと違う理の目覚め。
「何時?」
「4:30過ぎ」
「あったかいから目が覚めた。なにくっついてんだよ」
くっついているのはいつものことなのに。
「落ち着かないとも違うけど、誰かの家に泊りにきたみたいな感じ」
くるんと反転した理が枕元のスマホを見た。
「ほんとだ、4:36。目が覚めちゃったな」
「二度寝すればいい」
理は肘を立て手のひらで頭を支えながら俺を見降ろした。首筋、鎖骨、白い胸が目の前にある。悪戯をしかけようとしたら理の指が俺の頬をツーっとなぞった。そのあと指をもぐりこませて髪を梳く。
「なんか不思議だ」
「なにが?」
「ここは俺達の住んでいる所なのにベッドと部屋が違うだけで、別の所みたいに感じる。着替えをしたり、この部屋には毎日入るのに、俺にとっての寝室は衛の部屋なんだよね」
「壁紙も天井も一緒なのにな」
「そうなんだよね、でもやっぱり違うんだ」
髪にもぐりこんでいた理の手をとり、手のひらにキスを落とす。
「項にしていないから、代わり」
理がクスリと笑う。
「さっき甘えるみたいにくっついただろ。衛の鼻の先っちょが触れたもん」
「うん、なんだか思い出して」
「何を?」
「まだ一緒に住んでいなかった頃。毎日顔を見れなくなった時期のことかな。それを考えていたら目の前に理がいることが幸せに感じたんだ」
「それでギューか……わからんでもない」
腕が伸びてきて頭を抱えるように抱きしめられた。唇が理の胸元に触れる。トクントクンと規則正しい鼓動が聞こえ、何とも言えない安堵感が心を満たす。たったこれだけのことなのに涙がでそうになった。
「衛がいる」
「……うん」
「俺もそれが嬉しいよ。そして幸せだ」
「……うん」
腕を回して理をしっかり抱きしめる。休日だというのに早くに目が覚めた。でも交わした言葉に意味がある。俺達は同じ気持ちでいることが互いにわかったから。それは大事なことだ。
「なあ、リビングに行かない?」
「なんで?」
このままここでグズグズしていたいのが本音だ。リビングに行くということは起きるのか?まだ5:00にもなっていないのに。
「布団に寝てみようよ」
「理が買った布団か」
やけに大きな荷物の中身は高反発の布団だった。布団といってもマットレスぐらいの厚さがある。雲の上に浮いているような布団だと理が得意げに言った。高反発の布団が腰にいいと聞き、色々リサーチをしたらしい。100日間は返金可能のシステムがあり気に入らなくても保険がある、これも得意げに披露された。
「衛のベッドに敷く前に試そうよ。俺が試そうっていったのに衛がここに寝るって拘るから」
「だって記念日だぞ?決めたじゃないか一緒に」
「だからここで寝たじゃないか」
「眠る以外のこともな」
パシンと頭を叩かれた。
「新しい布団だし返金期間も問題があるから、今のところは二度寝だけだぞ?わかった?」
「俺が買ったバスタオルを敷けばいいじゃないか」
「え~勿体ないよ。ゴージャスなバスタオルコレクションじゃないか」
俺が買ったのはバスタオル。肌ざわりのいいものが欲しくなった。大判のバスタオルはいくらあってもいい。少々値が張っても長く使えて肌に触れると気持ちがいいと感じる商品を探した。
やはりはずせない今治タオル。120年の歴史は伊達ではないし、これほど有名でニーズが高いのなら商品は絶対だ。デザインがシンプルなのもいい。
あとはインド製のMicro Cotton。決め手は何回洗っても風合が落ちない事、そしてドバイの最高級ホテルで使用されているから間違いないだろう。
もう一つは青梅市のHotman。創業140年、1秒タオルという別名で知られているタオルメーカーだ。それぞれ色違いで2枚ずつ計6枚。それなりの値段になったが、理の布団には遠く及ばない。いくらしたのか言わないが高反発の布団が安くないのは知っている。
「布団よりずっと安い」
「あ、そっか」
「なんだ?」
「新しい布団で二度寝して、そういう雰囲気になったら衛のベッドに行けばいい」
リビングに移動する時間すら勿体ないような気がしてきた……。理の腕の中から抜け出し体重をかけて理をシーツに押し付ける。
「なんだよ、起きられないじゃないか」
「移動の時間が勿体ない。そういう雰囲気をここでやってしまえば新しい布団もバスタオルも汚れない」
理の反論をキスで封じる。ペシペシ俺の背中を叩いていた理の手のひらは、やがて背中から腰へ滑るように往復を始めた。
去年は白い象とカトラリー、今年は布団とバスタオル。二人の欲しいものがどこか重なっていることすら嬉しい。
「衛?」
「ん?」
「今年もよろしく。去年よりずっと愛してる」
「俺の方が愛してる」
愛の告白とともに二人の理性は消滅した。これから温かくて熱い時間を過ごす。二人にしかできないことを二人で一緒に……そう、今年も。
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