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november.12.2017 幸せな一大事 その9
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「疲れた……体ではなく変な緊張の連続だったせいかな」
「俺もだ。いつもと違うメニューだったせいもある」
坂口さんと両親を見送ったあと、トアは俺達の所に来て深々と頭を下げた。『ありがとうございました』たったそれだけの言葉がとても重く沁みたのは俺だけではないだろう。トアと坂口さんはそれぞれの両親と話をするといって店を出て行った。店を出る時、トアは店内に残るお客様達に再度頭を下げた。
雰囲気作りのために来店を快く承諾してくれた常連さんたち。お馴染みのお客様という枠よりもずっと近しいと感じる方たちばかりだ。自然と拍手がおこり、俺達もそれに続いた。拍手ってあったかい……そんなことを考えながら俺は手を叩き続けた。
主賓がいなくなったことを合図にパラパラとお客様が帰り、静かになった店内で俺達は全員ふんわりした気持ちで後片付けをした。いつもより早い時間の閉店。臨時休業は臨時貸切になったけれど、とても大事なものをトアに教えてもらった。休日を衛と過ごし誕生会をする以上のものを。
家に着いた俺達はいつものようにワインとつまみを用意してソファに座る。ほっとしたのか思っていた以上に疲労感があった。ただし心地のいい疲れ。
「乾杯。おつかれ~」
「おつかれ」
コクリと飲み込んだワインはうっすらタンニンの重さを舌の上にのこして喉を滑り落ちていく。美味しい、毎晩思うけど……美味しい。今晩は格別そう感じる。
衛はじっと俺の顔を見た。何かを確かめるように――何かを探るように。
「なに?」
聞き返す前に俺には衛が何を心配しているのかわかっていた。仕事をしている時に何度か目が合った時も衛の視線はどこか不安定だった。それでわかったんだ。心配しているってことを。俺がまた変なことを考えて落ち込んでいやしないかという懸念。
「大丈夫だよ」
「……それならいいけど」
「またそんなことを考える日が来るかもしれないけど、今日はそうならなかった。全然ならなかったよ。きっとトアの正直な気持ちが俺に強さをくれたんだと思う」
「西山さんが涙ぐんでいた」
「うん。俺ももらい泣きしそうになった。結局すずさんも泣いてたし」
「そうだったな」
充さんが磯田さんを伴ってやってきて西山さんを巻き込んでトアのテーブルにきっかけを与えた。そのおかげで緊張ぎみだったテーブルは盛り上がりはじめ、トアもようやく笑顔をみせるようになり会話がはずんだ。料理をサーブするとトアと坂口さんのご両親から料理についての質問をされたり、ドリンクのおかわりがいいピッチでオーダーされる。
俺と正明もホッと胸を撫でおろしつつ、さりげないサービスを心がけた。充さんが常連さんを巻き込んだのはいい雰囲気づくりになっただろう。もしこれがトア達だけだったら打ち解けた雰囲気にまでもっていけたか怪しい。行ったことのない店でも同じだっただろう。やはり充さんには敵わない。何手も先を見越して手を打っている。
穏やかな雰囲気の中,坂口さんの父親がトアに聞いた。
「娘に『会って欲しい人がいる』なんて言われたのは初めてのことで……その言葉の意味をお聞かせいただけますか?娘もトアさんも同じ気持ちですか?娘の先走りだったらと気になっていまして。すいません、変なことを聞いて」
一瞬店内が静まり返ったような気がした。実際はどうだったろうか。でも店内の全員が聞き耳を立てている感じがビシビシきたので、いつもより大きな声で「次の皿お願いします」と厨房に声をかけたり、余裕のない下手くそな芝居をしてしまった。
トアは箸をおいて背筋を伸ばし坂口さんのご両親をしっかち見詰めながら言った。
「坂口さんを幸せにします。そんなことは今の僕には言えません。でも……坂口さんとなら幸せになれます。二人なら……幸せを見つけられると思います。坂口さんとでなければ無理なんです」
『お嬢さんを僕にください』でもなく『必ず幸せにします』とも違うトアの言葉。その正直な言葉がズクンと胸に刺さった。ああ……そうか、そうだよね。俺も同じだからわかるよ、うん。
坂口さんにプロポーズをしたうえでの宣言だったのか、それは俺にはわからない。でも坂口さんのほころんでいく表情が答えだ。坂口さんもトアと同じ気持ちだということ。幸せにしてもらおう、幸せにしよう、そんな風には思っていない。二人でみつけよう……坂口さんもそういう気持ちなんだ。
「理?」
衛の声で我に返った。思い出しても胸が温かくなる。飾らない言葉はなんて素敵なんだろう。
「……思い出してた」
「そうか」
「俺はね、衛と結婚したいとは思っていない。どっちも旦那、どっちかが嫁。それがしっくりしないんだ。俺は衛と一緒にいることが大事で、結婚とか一生添い遂げましょうみたいなね、男女の間で成立している形は欲しくない」
衛は何も言わず俺の手をとった。
「衛と一生を前提に関係を築くのが嫌だってこととも違う。俺は自分の意思で衛と一緒にいることを選んだ。そこに社会的責任や世の中にある形に収めたくない。うまく伝わらないかもしれないけれど。衛は俺の結婚相手とは違って……なんだろうもっと特別なんだ。自分の半身みたいなもので、気持ちや体、そして時間、空間、環境。そういったものが俺達を結び付けている。
それこそが尊い俺にとっての理想。
衛は結婚を考えた事がある?」
「これからもっと世の中が動き出して法律や考え方、常識が変わるかもしれない。でもそれは周りにあるもので、俺達に影響するものではない気がする。
俺達にはファミリーリングがある。4つの指輪が俺と理をつなげてくれている。綾子というかけがえのない存在もいる。結婚という沢山の人がしている形ではなく、理と俺だからつくれるものがあるんじゃないかな。確かに何の保証もない、書類もない、社会的にも法律的にも裏付けがない。それが必要となるのはまだ先じゃないかな。だんだん年齢を重ねていくうちに環境が変わり俺達が望むものが変わっていく可能性だってある。
だから今のままでいい。理と俺がいて日々が流れていくほうがずっといい。それでいいじゃないか」
「よかった……トアの言う通りなんだ。幸せにしますではなくて、衛とだから幸せになれるんだよ」
「俺達の幸せを二人でみつければいい。トアのいうとおりに」
衛をしっかり抱きしめた。腕をのばせばすぐ傍に温かい存在がいる。これこそが幸せなんだ。形に囚われて大事なものを見逃すのはご免だ。俺には見つめるべき相手がいる。衛というかけがえのない存在が。
「理、明日誕生日をしよう。何回でも誕生日をしような、これからも」
「……うん」
俺達はしばらくそのまま抱きしめ合った。お互いこそが幸せの鍵だと感じながら。何かを忘れそうになったら、今日のことを思い出そう。トアの言葉が俺に降りて来た瞬間を思い出す。
衛の笑顔とともに……。
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