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december.11.2017 モチベーション
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「シュワっとしたのが飲みたいな」
理は冷蔵庫の扉をあけてチューハイの缶を取り出した。
「夏はビールの苦さが美味しいけど、寒いうちはちょっと甘いほうがいい」
プシュっと缶をあけてグラス二つに注いでいる。シュワっと炭酸の泡が弾ける音は俺も嫌いではない。休みのルーティンを終わらせ小腹が減った俺達は揃ってキッチンに移動。理は向かうのはまな板の前ではなく冷蔵庫。これもいつものことだ。
「今日は何を作るの?」
「初めて作るから美味しいかどうかわからない」
「衛は不味いものは作れないよ」
理が笑いながらグラスを手渡してくれた。カチンと合わせてから一口飲み込む。炭酸と甘みが気持ちよく喉を滑り落ちる。
今日作るメニューはミニトマトの豚バラ巻。格安で仕入れたミニトマトはわけありで、それほど日持ちがしない熟し方をしていた。最悪ソースにしてもいいからと村崎が仕入れたがソースにするには少なく、付け合わせにするには多い、そんな中途半端な量が残ってしまった。2パックずつ分けて持ち帰り、そのミニトマトはまな板の上に乗っている。
サラダに入れることも考えたがせっかくならオーブン料理にしたい。それで豚バラと組み合わせることにした。
肉をまな板の上にひろげて塩胡椒をする。洗ったミニトマトを肉で巻く。下ごしらえはこれだけ。肉の長さの半分まで巻いたらトマトを回転させて残りを巻き込む。完全にトマトが見えなくなる状態にしたかった。トマトの表面が出ていたら皮がはじけて中身が外にでてしまう。それは避けたい。
「トマトの肉巻き?串鳥にベーコントマト巻なかったっけ?」
「あったな。それとこのあいだ観た「深夜食堂」にも出て来ただろ?」
「ああ!でてきたね。漫画家の話だっけ」
そのままパクるのはシャクに触る。俺なりの工夫を盛り込んで違う料理に仕上げたい。
「油ひかないの?塩胡椒だけ?」
「豚バラの脂で充分。塩胡椒は下味程度だ」
「おおお~~それは楽しみだ。ってことはこれアヒージョみたいにオイルがジャブるのかな」
「どの程度の量がしみだすかわからない」
「豚肉は疲労回復ビタミンBだろ?それは無駄にはできないな。俺パン焼く!」
「まかせた」
理がするのはパンを焼いたり、盛りつける皿を並べてくれたりする程度。それでも一緒にキッチンに立っているこの時間が俺は好きだ。
18cmの鋳鉄フライパンに隙間なく肉巻きにしたトマトを並べる。予熱しておいたオーブンに入れて時間設定。豚バラに焦げ目をつけたから……220℃、時間は15分、いや10分にして様子を見よう。
焼きあがるまでにソースを作る。俺の予想では中身のトマトがソース代わりになるはずだが、アクセントが欲しい。バルサミコと醤油、胡椒でソースにした。迷ったがガーリックは入れないことにした。シンプルなほうが旨味を感じることができそうだから。
「マッシュポテト食べるだろ?」
「食べる!食べる!そんな気がしたんだよね!昨日生ハム買ったんだよ、俺」
理が最近お気に入りなのがドイツ製の生ハム。モモ肉のしっかりした味に加え、スモークの薫りが強め。塩味はそれほど強くない。このまま食べるのではなく、ポテトサラダやマッシュポテトをくるんで食べることに凝っている。買ったのは知っていたよ、だから作るんじゃないか。
トマトを仕込むと同時に火にかけたじゃが芋がいい具合に茹で上がった。ザルにあげたあと鍋に芋を戻し火にかけならマッシュする。余分な水分が飛びホクホクになるし、水分が抜けた分牛乳とバターを吸い込みフワフワなマッシュができあがる。温めた牛乳を少しずつ加えて好みの柔らかさに仕上げた。
「もうすぐ出来上がるから運んでくれるか」
「了解!ワインも開ける。パンも焼けたし、楽しみだな。おまけにめちゃめちゃいい香りがオーブンからしてるよ。あ、生ハム忘れるところだった」
料理ができなくてもテーブルセットは問題ない。取り皿やカトラリーを忘れることなど絶対にない。料理以外を理に任せてオーブンの中を確認。いい具合に脂がしみだしている。上下をひっくり返すことにした。全面に美味しそうな焦げ目がついているほうがいい。温度を240℃にあげて仕上げの3分。
ジュウジュウ音をたてるフライパンと鍋敷きをテーブルに置くと「うわあい!」という声。こういう時、理は子供みたいに素直だ。
「いっただきます!」
「どうぞ。気を付けたほうがいい。小籠包なみに熱いはず。トマトが弾けたら口の中が大やけどになる」
「パクっといきたいけどね。じゃあ割ってみるか」
カリカリの表面にナイフを入れて半分にする。トマトから染み出す水分と湯気。ソースをかけて食べてみた。うん……これは旨い。
「おいしい!美味しいけど、やっぱり一口でぱくっとしたい。染み出したトマトがもったいないよ」
「それは言えている。冷めるまで待つか?」
「それももったいないよね……いいこと思いついた!」
理は立ち上がるとペタペタ足音をさせながらキッチンへむかった。さて何を思いついたのかな?
「それは?」
「バジルソースとオレガノ。どっちもトマトに合うこと間違いなし!」
さっそく理は半分に切った片方にバジルのペーストをのせ、片方にオレガノをパラパラふる。ハーブは最初肉の内側に塗ることを考えたがやめた。まずはシンプルに、それから味を加えたほうが発展していくから。
「あっはっは。不味いわけがないよね。というかバカウマなんですけど!!笑えるくらい美味しい。衛もやってみろよ」
豚の脂の甘さとトマトの酸味。それにバジルとオレガノは大正解。これは何個でも食べられそうだ。
「もちろん、このオイルは抜群だろうな」
理はパンをひたしてパクリ。ビュっと親指を立てるサインと満面の笑み。
「アヒージョとはまた別の美味しさだね。これニンニク入ってなくて正解。疲労回復オイルにガーリックパワーはいらないよ」
バジル、オレガノ……他になにかないだろうか。
「パン粉をつけて揚げたらどうだろう」
理は少しだけ眉間に皺をよせた。
「揚げ物になったとたんに罪悪感が増えるらしいよ。特に女子は」
「女子?」
「う~ん、だってこれ絶対うけると思う。新メニューとして提案したい。アツアツが運ばれてきてひとつ食べると熱くてハフハフだ。『熱いので半分に割ってたべてください。お好みでバジルソースやオレガノをかけると風味が変わりますよ』と一言添える。
『旨味たっぷりですからパンをひたして召し上がり下さい』も言わないと。そしておかわりパンを1枚からオーダーできるようにしよう。フォカッチャもおすすめだな。フォカッチャになれば単価UPになる。
ちょっとまって、たぶんこのタイミングなら大丈夫」
理は皿にひとつ取り、俺が作ったバルサミコソースをかけた。さらに黒コショウをガリガリとミルでひいてふりかける。そしてパクリ。広がる満面の笑み。
「やっぱり思ったとおりだ!一口でいけるくらいに熱がとれたら割るより断然いい。丸ごとならバジルやオレガノじゃなくてこのバルサミコソースが合う。なんなら岩塩と胡椒でもいいかな。中のトマトはまるでソースだ。うわ~これって運ばれてからタイミングによって自分好みに味を変えられる楽しみがあるな。すっごいな!衛」
すごいと言われても、これは理に作ったんであって新メニュー開発ではない。
「あ~なんだよ、そのノリの悪さ。こんなに美味しいのに提供しないのはもったいない。それにミニトマトのロスがなくなるだろ?廃棄率を下げることもできるじゃないか」
「でもこれは理に作った料理だぞ」
「知ってるよ。めちゃめちゃ美味しいから提案する値がある。それにさ、ミネが正明に作った何品かはメニューになってるじゃないか。ゴボウのハンバーグとかさ。衛だってあっていいと俺は思うけどね。料理をサーブしながら「実はね、これ俺のためにシャフが作ったのが始まりなんですよ、ふふふ」という優越感を味わえる。うわ~俺ニヤケそう」
なんとなく腑に落ちないが……理の優越感につながるのならいいのか?え?いいのか?それで。
「だってさ、美味しいものを食べさせたいっていう動機が一番シンプルで芯が通っている。それに強いよね。衛が俺に食べさせたいってあみ出したメニューは絶対人気がでるよ。俺料理はできないけどさ、衛の作ってくれたものを更に美味しく食べるにはどうしたらいいか?はけっこういい線いってると思わない?バジルにオレガノ、そして少し冷めたあとの一口食べ。うんうん、これは素敵メニューになること間違いなし。パンをヒタヒタにするのも最高~~」
理の言うとおり、一口で食べるとまた別の味わいだった。相変わらず腑に落ちない気もするが、二人の合作メニューとなれば話は別だ。
「じゃあ賄いの時に試食してもらうか」
「そうだね。これ時間かかるの?」
「いや、巻いてオーブンに突っ込むだけだから手間はかからない」
「それはますますいいね。もう少しパン焼こうかな」
「そのオイルでパスタにするか?」
理はグラスにのばしていた手を止めた。
「まじ?なに味?」
「どうしようか。ソテーしたキノコとパセリを合わせるか。その残ったバルサミコソースを入れるのもありかな」
「パンは焼かない!それ食べる!そしてそれはメニューにしないでおこう」
「鍋のシメみたいにすれば単価アップになるんじゃないか?」
「……全部他人様に提供するのはちょっと悔しい。俺だけのって部分は残しておきたいからね。衛が作ってくれている間にワインを開けて空いた皿を片付けて洗うよ」
最後の肉巻きトマトを頬張った理が皿を片付け始めた。皿を持ちながら二人でキッチンへ移動する。俺は締まらない口元を意識しながら笑みを噛みしめる。
トアが「この監督にとっては彼女はミューズなんです!創作の源です!」と熱く語っていたことを思い出した。「美味しい物を食べさせたい。これがシンプルで強い動機」……か。本当にそうだな。
理は女神とは違うが、俺にとってはすべての源だ。理を喜ばせるためなら何だってするだろう。そしてそれができるのは俺だけだという優越感。理も優越感とさっき言ったな。村崎が時々言う様にバカップルかもしれないが、それでいい。
「うわ!なんだよ!」
俺が抱き寄せたので皿を持ったまま理が文句を言う。
「いいじゃないか」
「仕方ないな、許す」
腕を伸ばして皿を調理台にのせたあと俺の背中にしっかり腕をまわしてくれた。一皿の料理で俺をこんなに幸せにできるのは理しかいない。
ハニーマスタードを頬張ったあの日から……ずっと。
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