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August 20.2015 お兄様現る その3
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「さてと、どうしてそんなモッサリした頭で平気なわけ?イイヅカ君。」
てっきりどこかの店に連れ込まれ額を合わせてネチネチ言われるかと思いきや、連れてこられたのは美容室だった。有無を言わさずイスに座らせられ、希望すら聞かれずハサミがジョキジョキと動き毛束が床に落ちていく。
モッサリした頭・・・そう言われても、おまかせでしてもらっている髪型だから俺の責任ではない。
「いい男ってのは酷い髪でもどうにかなるからね、そこが落とし穴。」
落し穴と言われても。
「それで、下の名前は?ちなみに俺は武本由樹。武本家の立派な婿養子。」
「衛です。」
「マモリ?んん・・・呼びにくいね、がっちがちに固いし。ちなみにサトにはなんて呼ばれてんの?」
「飯塚・・・です。」
「まあ・・・そうなるか。」
どうでもいいような話をしながら手は迷いなく動き続けている。
そのよどみない動きは見ていても気持ちがよく綺麗ですらある。
この人の腕は確からしい、いつものおまかせ具合とは格段の差だ。
「じゃあ、僕はあえて衛と呼ぶことにしよう。それで順調なの?お付き合い具合は。」
「猛烈に順調です。」
「なかなか言うね、衛。」
衛と呼ぶのは親くらいで過去に下の名前で呼ばれたことがない。飯塚、ヅカ、だいたいこの2パターンだ。
なんだかんだと呼び名をつくる村崎でさえ「飯塚」なのだから、俺は下の名前では呼びにくいということなのだろう。
でも・・・武本には呼んでほしいという想いもあるが、逆にサトルとか呼べと言われたら顔から火がでそうだ。以前電話でサトと呼んでみろと言われた時だって随分恥ずかしい思いをした。
「ちなみに僕はバイってことになるかな。紗江と結婚してから紗江一筋だけどね。交際期間ゼロで結婚したから、結婚と交際が同時進行なわけ。かなり幸せだよ、はじめて親ができたし。
それで、衛はゲイなの?」
「いいえ、武本限定です。」
「淀みないね~はっきり言うね~。」
言わせたのはアナタです。
「それと、だし巻旨かった。」
「・・・そうですか。ありがとうございます。」
「そのキカン坊なあたりが気に入ったよ。」
「キカン坊・・・って。」
「見た目チャラチャラしたこじゃれた料理を出してくるかと思いきや、シンプルなだし巻なわけだ。
『基本しっかり出来ますんで、俺。』的なさ、シンプルっていうのは粗が目立つから自信がないと出せないわけだから、その自信アリマスなのって職人には絶対必要だろ?
文句があるなら言ってみろ、俺は一歩もひきません。そんな気持ちがこもっていたよ。」
恥ずかしいくらいにバレバレだ。
何を言われても武本と離れるつもりはないと思いながら巻いた玉子だ。幾重にも重なった玉子は俺の気持ちも巻き込んで、しっかり伝わったということ。
「別に文句を言いにきたわけじゃないんだ。サトが悩みぬいて掴んだ相手と話をしてみたかったわけ。
紗江は僕に沢山のものをくれた。絶対無理だと思っていた両親をくれたし、かわいい弟もできた。その弟の相手だから僕にとってみれば義理の弟みたいなものだろ?
一回くらい髪だって切ってやりたいと思うし、仲良くもなりたい。むかつく人間だったら容赦なくヒネリつぶすけど、その必要はなかったよ。
見た目ももちろん、中身もなかなかの男前だよ、衛。」
鏡の向こう側からニヤリとしながら、両手で俺の頭をまっすぐになるように調整する。
そこに映りこむ自分の印象がガラリと変わっていた。
サイドとたぶん後ろ側も随分短く刈り込まれているみたいだ。
手を入れていないトップはどうするのだろう。
全部がこの短さなら、床屋にいくことを怠った甲子園球児になってしまう。
「そんな顔しなさんな、僕が切って格好悪くなったお客さんなんか一人もいない。」
自信あります、マンマンの言葉だがまったく鼻につかない。逆に気持ちいいくらいだ。
「ちょっとみない間にハルはあんな頭になってるじゃない。ハルはぱっと見かわいいから、平凡な人間が切るとその可愛さを前面に押し出しちゃうわけ。かわいいとはいえ男だし、あれでなかなかしっかりしてるし毒も吐く。そのあたりをチョロっとだしてやると、かわいさ百倍になるのにさ。」
おもわず噴きだした。バッサリ告白を薙ぎ倒して相手は店を辞めたわけだし、コンビニのときは女を引っ叩いて辞めている。村崎や俺を相手に一歩もひかない根性がある。武本にはブンブン尻尾をふっているが・・・。
「俺は北川をかわいいと思った事ありませんよ。俺のこと可愛いとか平気で言いますからね。」
「さすが、ハルだ。」
トップの毛を持ち上げたり櫛を通したりの動きに変わって、はさみが止まった。やっぱりか・・・。
どうも俺のつむじはやっかいなところにあって収まりが悪いらしい。
何人にも言われたから相当面倒な髪なのだろう。
「つむじですか?」
「そ、面白い所にあるからね、これを活かせば個性になると思って思案中。」
やっかいな場所が面白い場所に変わった。
この短い時間であっという間に絆された自分に気が付く。
この人は面白いし職人として共感できるものがある。
「必然でここにつむじがあるわけだから、逆らわずに交通整理をしてやればいい。
曲がったキュウリは格好よく切れません、まっすぐのだけ仕入れます。衛、そんなこと言える?
言えないよね、素材を生かすも殺すも腕次第。」
止まっていたはさみが再び動き出す。どうやらトップはそれほど短くしないようだ。
この年でマルガリータはいただけない。
「それとね、今回札幌にでてきたのは報告の為なんだ。
紗江がどうしても直接言いたいって言うから、あ、今晩予約いれておいてくれる?サトと僕と紗江の3人分。」
「席は大丈夫だと思います。報告ですか・・・。」
「そうなんだ、僕ね父親になるんだ。」
「本当ですか!武本も大喜びですよ、きっと。おめでとうございます。」
「安定期になるまで待って出てきたんだ。サトと衛には子供は無理だろ?
それで紗江がさ言うんだ。「生まれてくる子は皆の子供ね。」って。
惚れ直したよ、紗江は最高だろ?」
皆の子供・・・。
結婚を望んでいないし子供を欲しいと思ったことは無い。それは武本も同じで、何度か会話の中にでてきたことだが、それが変わる事はなかった。いずれにしても望んだところで俺達には一生無理な事だからこそ、武本の存在を大事にしたいと常に思っている。
自分達の子供ではないけれど、立派に武本と血がつながっている子供・・・皆の子供。
「生まれたら・・・逢いに行っていいですか?」
「当たり前だよ、こないとヤキだからな。」
なんともいえないフワフワした気持ちのままシャンプーされ、ドライヤーで乾かされる。
鏡に映る顔は締まりがないが仕方がない。嬉しい?楽しい?喜び?どれも違うような気もするし、そうだという気もする。掴み切れない感覚に戸惑うが手放したくないとも思う。
「ワックスを手にとったら、少し水分を加えるといいよ。」
そう言いながら手のひらのワックスに霧吹きをふきかけて、両手で揉みこんだ。
トップの髪をスタイリングしはじめると、みるみる髪が動きだし今まで一度もしたことのないスタイルになった。
「毛の流れに逆らわずに動きがでるようにしたから、黙っていてもランダムに動きのある形になる。
乾かして今みたいにワックスをつけてチョチョっとしたら出来上がるから。
僕は思うわけよ、料理人は短髪であるべきだって。
ここに来る前は相当モッサリだったって実感しただろ。」
ニンマリされて、その通りだと思った。今までのおまかせはいったい何だったのか。
「ヨシさん、戻ってきてくださいよ。田舎にひっこんでないで。」
近づいてきた美容師は俺の髪をまじまじと見ながら言った。
「だ~め。幼稚園に通うちびっこから80代まで沢山の人が僕のお客さんになってくれているんだ。
ここではできない経験の毎日だからね、それを手放す気はない。
ようやく僕の居場所をみつけたんだ、お前らは自分の腕を磨きなさい。」
「へ~い。」
「衛、中休みに引っ張り出して悪かったな。おいおい、いらね~~よ。」
椅子から立ち上がって財布をとりだしたら、そんなことを言われた。いや・・・お金払いたい気分なんですけど。
「いや、そういうわけには。」
「そういうわけに、いくの。今晩の予約よろしくな。」
「あの・・・。」
「なに?」
「貴方の事、なんて呼んだらいいのかと。」
「そうだな・・・。」
改めて俺の髪型に満足したのか、にっこり笑ってほっぺたをペチペチされた。
「両親と紗江は由樹って呼ぶからダメ。ハルがタケさんって呼ぶからそれもダメ。
サトはよし兄って呼ぶ。」
武本さん?いやそれは、武本とかぶるしややこしい、ヨシキさん?これが無難だろうか。
「だから・・・衛も「よし兄」でいいんじゃないの?僕の弟なんだし。」
「え・・・。」
「こんな男前が弟で得した気分。ほれ、仕事に戻りな。僕はこいつらに指導をしてやる約束だから。」
笑顔を浮かべて俺の背中を押す。
またあのフワフワした感覚に包まれる。なんだこれ。
振り向くとバイバイと手を振って照れくさそうに笑っていた。軽く会釈を返して歩き出す、店に向かって。
絶対できないと思っていた「兄」が俺にできた・・・。
その存在によって、俺と武本は「家族」になった・・・そんな気がした。
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