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july.25.2016 ミネのケジメ その2
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「広美、落ち着きなさい。」
「明さんだって、なんでスーツ着ているの?」
「そ、それは午後から会社に行くからで。」
そういうことにしておいてあげます。
私たちが落ち着かない気分でソワソワしているのは長い1週間を乗り越えたから。先週の月曜日の夜、明さんの携帯が鳴った。そして相手はミネさんで、私たち二人に話があるので時間を作ってくれないだろうかという用件だった。
明さんは店の定休日の午前中に会いましょうと返事をした。SABUROが終わってからは難しいし、こちらから訪ねるのは違うと思ったみたい。確かにミネさんが一人で私たちに会いに来たいと言われれば、こちらだって出迎えたい・・・というよりかなり期待しちゃっている私。でもそれは明さんも同じだと思う。
【ピンポーン】
インターホンが鳴った。約束の時間の7分前・・・さすがミネさん、ばっちりだわ。
私はインターホンごしにやりとりするのが面倒だったので、そのまま玄関のドアを開けた。
「あ、広美さん。おはようございます。」
ミネさんはテンセルみたいな質感のブラックジーンズと、柔らかそうな白いコットンシャツを着ていた。白衣の時とまた違うのね・・・シンプルだけど何かいいわ~と見とれていたらニヘラっとミネさんが笑った。
「広美・・・。」
後ろから明さんの声。
「おはようございます。すいません無理を言ってしまったようで、お仕事に迷惑が。」
「いやいや大丈夫です。先週の3連休イベントがありましてね、ちょうど今日は半休が当たることになっていたのです。気にしなくていいですよ。」
嘘ばっかり。
3人連れだってリビングに行きソファに座る。どうしよう、なんか緊張してきた。
「広美、コーヒーは?」
「あ、いけない!すいません。すぐお出しします。」
「広美さん。お構いなく。」
いえいえ、お構いあります!
急いで用意していたコーヒーをカップに移す。私のお気に入りのカップなのよね。Maruriのボーンチャイナ。小さなバラがアクセントの真っ白なカップとソーサー。独身時代に毎月ひとつづつ買って5客揃えた(月にひとつしか買えなかった。)私と一緒にお嫁にきて、ちゃんと5客揃って活躍している。
「あれ?これMaruriですか?母が持っていたのは肌に薔薇の蕾が絵付けされていました。なんか嬉しいですね、懐かしい。」
「ミネさんのお母さんが?」
「ええ、海外に持っていきましたよ。それくらいお気に入りでしたから。」
ミネさんのお母さんとは仲良くなれる。うん、なれる。
「広美・・・。」
あらいけない。
「こちらこそ、すいません。時間をかけてもしょうがないので単刀直入に。ハルとお付き合いすることになりました。」
じわりとこみ上げるものを飲み下す。期待は裏切られなかった!そんな風になればいい、でも夢のまた夢だと言ったのは私だけど、願いが現実になった。
「ミネさん、正明はともかく・・・あなたはずっと女性とお付き合いしてきた、そうですよね。」
「ええ、同性を好きになったのはハルが初めてです。」
きゃー!
「いや・・・しかし。ミネさんはSABUROのれっきとしたオーナーさんだ。お父様から受け継いだお店を続けて次の代に譲るわけですよね。でも正明とでは次はない、違いますか?」
『そうですか、正明を好きになってくれたのですか、ありがとう!』でいいじゃないの、なんでわざわざミネさんが尻込みするような事を言うのよ!
「そうですね、北川さんの仰る通りです。当然考えましたよ、随分長々と。俺のだした答えは「先のことはわからない。だったら今を大事にしよう。」です。」
「ミネさん、それはあまりにもオーナーとしては無責任では?」
「言葉足らずでしたね。ええと、俺は料理が好きで興味があった。だから親父の背中を追いかけて今があります。親父に言われたことがあるんですよ。海外で修行したい、和食の世界に行きたいでもいい、料理の世界はSABUROだけじゃない。店を継がなくてはいけないと考えるよりも自分のしたいことをしろと。俺のしたい事はSABUROをいい場所にするってことだったので継ぎました。ですから、次に託すような年代になった時、あの店を大事にしてくれる人に託したい。血縁に拘っているわけじゃないんです、親父も俺も。
それに、そんな先のことを思い悩んでハルを失うのは本末転倒です。そんなこと言ったら俺が早々にハルに愛想をつかされるかもしれないわけで。
一生続く関係かなんて俺もハルも誰一人わかりっこない。だから俺は今をとります。」
ミネさん・・・。私が泣きそうなんだけど。
「いや・・・そうですか。正明は女性と結婚することはない。でもミネさんはできますよね。ご両親に対して申し訳ないと思ってしまいます。どうしても。」
ミネさんはゆったり微笑んだ。とても柔らかくて優しい眼差しが私たちを見つめている。
「そうですね、打ち明けたらひっくり返るでしょうね。でもきっと最終的には息子の幸せを願ってくれると思いますし味方になってくれると信じています。それにハルの人柄に触れればわかってくれるはずです。
どっちみち海外で呑気に暮らしていますから、打ち明ける機会がいつになるのやらですけど。」
息子の幸せを願う、味方である。それが本質だと思った。世界中が敵になったとしても私達は息子達を信じるだろう。そうよね・・・その通りだわ、ミネさん。
「正直な事をいいますと、小躍りしたいくらい喜んでいます。ミネさんみたいな人が正明と一緒にいてくれるなんて夢のようです。でもやはり不安もあるし、いいのだろうかと・・・その思いが拭えない。反対しているわけではないのです。ただ・・・どうにも。」
ふふふと笑うミネさん。私たちよりずっと余裕がある・・・というか色々思い悩んだはず。でも答えをだした人特有の力強さがあった。
「反対されたところで引き下がるつもりはないんですよね。」
きゃー!
「ミネさんには敵わないな・・・。」
「女性だからいいわけじゃないって事、ハルが教えてくれました。おはよう、一緒に飲むコーヒー、ヒイヒイいいながら忙しく働いて、そのあとのお疲れビールの乾杯。そしておやすみなさい。全部、ハルとじゃないとダメなんです。こうなっちゃったらどうしようもないと思いませんか?一緒にいるしかないってことです。」
明さんが、あはははと笑いながら手を叩いた。私はスタンディングオベーションをここでやらかしたいぐらいの気持ちです!
「そこまではっきり言いきられたら、私ももうどうしようもないですよ。
正明をよろしくお願いします。私の願いは末永く・・・一緒にいてほしいということです。あのこは恋愛で傷ついた経験をしている。それを忘れさせてやって欲しいのです。」
「そうですね、ハルは強いですから乗り越えていますよ、ちゃんと。でもバッチリ俺が甘やかしてやります。今までのどんな相手よりも。」
ハルが待っているので、そう言い残してミネさんは笑顔で帰っていった。
明さんと二人、ソファにポスンと腰かけると一気に体の力が抜けてしまう。期待通りだった、願いが叶った・・・そしてミネさんは本当に正明のことを好きでいてくれている。なんだかそれが嬉しくて、とうとう私の目から涙がこぼれた。
「・・・ああ、よかった。本当によかった。」
「・・・。」
横を見ると明さんが眉間を親指と人差し指でつまんでいる。いいじゃない、二人仲良く泣きべそでも許してくれるわ。こんな素敵な事で嬉し泣きしたってバチは当たらない。
上をみながら深呼吸を何度か繰り返して明さんはようやく私を見た。
「体調を崩したことにしようかな。」
「せっかくスーツ着たのにね。」
「寿司でも頼んで乾杯するか。」
うれしくなって私は思わず明さんに抱き着いた。
「おいおい。会社に電話できないじゃないか。」
真っ赤な顔をしながら、ちゃんと抱き返してくれてまた嬉しくなる。私から離れた明さんが会社に渾身の演技で電話している様子に吹き出しそうになりながら正明にメールをする。
『正明の素敵な恋人が会いにきてくれました。お父さんも私も本当によかったと嬉しくなっています。だってお父さんが会社をズル休みするくらいなのよ。
しっかり捕まえておきなさい、あんな素敵な人を手離しちゃだめよ。』
帰ってきたミネさんに正明はなんて言うのかしら。
大好き!って抱きついたらいいと思うわ。
正明がしないなら、私がしちゃう。
「寿司屋のチラシはどこだったかな。」
ネクタイを緩めながらそんなことを言う明さんが可愛くみえた。
そしてやっぱりこの人を愛しているって自信をもって言える自分が誇らしかった。
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