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jan.4.2017 望むことが幸せなのです
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「ただいま」
「おかえり。」
帰ってきた儀は疲れた顔をしていた。従姉妹が結婚することになった祝いもかねて本家に集まることになったので田舎に帰る。儀の帰省は俺には無縁の理由だった。
本家?犬神家の一族みたいじゃないか。俺の両親は一人っ子同士だから親戚筋は薄い。そんな薄い関係性なのに、俺の生業である店がどういう種類かを耳打ちした誰かのせいで、両親との間もギクシャクしている。だからめったに実家に帰らないから、家族や親せきとの賑やかな正月にはまるで縁がない。こればかりは仕方がないことだ。ゲイでもストレートでも生まれたときに割り振りされていて決まっている。好きで選択したわけではないから俺のせいじゃないだろ?そう開き直るまで結構な時間を必要とした身としてはこれ以上言葉を重ねて言い訳するのは面倒でしかない。
男やもめや行かず後家でいるのは欠陥人間だというレッテルを貼られる。じゃあ恋人がいるゲイとどっちが幸せか?そう言ってやりたいが・・・それを言ったらおしまいだろう。だから両親と顔を合わせないほうが互いにいいに決まっている。
便りがないから元気だろう。それが一番だ。
「疲れた・・・。」
「だな、顔がそんなんだ。コーヒー飲むか?」
儀はわざとらしいと思うくらいのホッとした顔をした。
「なんだよ。いつものコーヒーだぞ?」
つかつかと足早に近寄ってきた儀に抱きしめられる。・・・いやそれは嬉しいけど、いきなりなに?どうした?本家の集まりというヤツが厄介だったのか?
「ヒロ・・・」
「どうしたんだよ。コーヒーセットできないし。」
「俺って人でなしかな・・・。」
「はあ?」
儀の腕に力がこもって、俺はグヘっと言いそうになったが飲み込んだ。ゆっくり儀の背中に腕を回してギュっとしたあと、優しくさする。
「どした~~?人でなしの節操なしは俺が一番知っている。でも儀は悪い男じゃない、それも俺が一番知っている。」
「・・・ヒロ。」
「儀・・まずは座れ。俺はコーヒー・・・ビールのむか。ビールの方がいいだろ?」
「うん。」
儀をソファに座らせて俺はキッチンへ。ビールを取り出すために冷蔵庫をあけて・・・タッパーを一緒に取り出す。正月だし・・・腰がどうしたこうしたという意味で食べる食材だ。
グラスとビールをテーブルに置くと儀がビールの栓を開ける。俺はタッパーと小皿をテーブルにのせて平静を装って儀が注いでくれるビールを見詰めた。
「ヒロ・・・これ、海老?」
「うん、海老。」
「買ったのか?」
「あ~海老はね。なんだっけ腰が曲がるまで長生き?曲がらないように?めでたい食材なんだろ?
言っておくけど原材料はガッチガチに冷凍になっていたパナメイ海老だからな。ほんだしをぶち込んだお湯で煮ただけだし。マヨネーズつけたほうがいいかな。ほんだしの味しかしないはず。」
儀は俺の顔を見る。
その顔があまりに頼りなくて心配になった。
「形・・・じゃないよな。」
「なにがだよ。」
「お節ですって顔した重箱がデーンとテーブルに並んでいてさ。これ作るの大変だっただろ?って従姉妹に聞けば「冷凍で届くの、重箱のまま自然解凍なんだよ。便利な時代だよね。」ってさ。急速冷凍だから味は不味くないかもしれない。有名なシェフや一流料亭の味かもしれないけど、綺麗すぎる重箱に手を付ける気にならなかった。
ヒロの海老は食べたいって思うのにな。」
「だからほんだし味だって。」
儀はきっぱりとした笑顔をみせた。きっぱり・・・は笑顔の表現にふさわしくないかもしれない。でもそんな顔だった。好きな顔にランクインさせたいくらいのいい顔。
「テーブルの上を飾るんじゃなくて、俺と一緒に食べようって作ってくれたんだろ?」
「・・・ほんだしだけどな。」
ちらっと検索したネット情報によるとダシで味をのせた海老というのがひっかかった。背ワタを取るとか俺の辞書にはない工程もあったし、どのくらいの塩を入れれば海老にしみるのかわからなかった。
薄ければ醤油や塩をかければいいと思いなおし、とりあえずほんだし味にだけマトと絞ったから美味しいかどうかはかなり謎。
「こういうことなんだな・・・。」
儀の言葉には答えがなくてわからない。
「大丈夫か?そんなに疲れたのか?」
「まずは乾杯しよう。」
お互いのグラスを合わせる。習慣で「おつかれ」と言ってしまうのもいつものことだ。
「結局「結婚はまだ?」という話題になった。」
・・・ありがちすぎだ。
「結婚を控えている従姉妹の事もあってか、いつもよりゴリ押し気味なおじさんやおばさんたちでさ。別に女と結婚しなくたって子供がいなくたって俺は十分幸せなんだって言いたかったけど、言えず仕舞い。そのうちだんだん腹が立ってきてさ。おばさんは旦那と早くに死別しているし、おじさんは離婚してんの。だからつい・・・。」
「・・・つい?」
「結婚したから幸せになれるってもんでもないでしょって口が滑って、場が凍り付いた。」
・・・。まあ、わからんでもないけど。
「好きな相手がいるし、ちゃんと付き合っている。一緒にいることがイコール結婚ではないと思っているんで、これ以上心配しないでいいよって言ったら・・・ダメ出しになったってことかな。」
「・・・そりゃそうだ。」
儀はソファの背に身を任せて天井を眺めた。
好きな相手と一緒にいる。これがどうして祝福されないのだろう。同性同士だからそこに幸せがないと皆考えるだろうか。
子供ができないから?
子孫を繋げないことは不幸なのだろうか。確かに子供を持った喜びを知らない事は知っている人よりも不幸せなのかもしれない、後悔に値するのかもしれない。
でも・・・それだけで不幸と言ってしまうのは乱暴すぎるような気がする。
儀の隣に座り、手を握った。
「認めてほしいと思う事もある。でも認めてもらえないから儀と離れる・・・それこそバカバカしいと思っているよ。」
「・・・うん。」
「他人でも肉親でも誰でもいい。否定するならすればいい。でも否定されても俺の中には肯定できるたくさんのことがある。」
「・・・ん。」
「でもこれはさ・・・同性愛だから直面することじゃないと思うんだ。」
「・・え?」
儀は驚いた顔で俺を見た。だってそうだろう?そう思わないか?
「男女の結婚だって反対されるカップルは沢山いるだろ?」
「・・・まあな。」
「離婚する例だって沢山あるだろ?」
「まあな。」
「結婚=幸せってことにならないだろ?継続して積み重ねることに意味があるってことだ。結婚という契約で周囲を巻き込む・・・違うな、世界が広がっちゃう。親戚が増えて、その中で子育てして夫婦愛を維持するとか、もうすごいミッションだろ?おまけに働いて全部こなすとか。
俺と儀は好きで一緒にいる。」
「・・・うん。」
「単純だろ?ミッションレベルもイージーだ。一緒にいれないとなれば別れればいいだけ。新しい住まいを探して、新しい備品を揃える。そして新しい男を探すだけだ。」
「・・・なんかむかつく。」
握った手に力をこめる。
「儀・・俺達はコントロールできる。周囲の雑音や常識、縛り、しがらみ。そういったものから離れているんだよ。俺は儀を見詰める、儀は俺だけを見ていればいい。一緒にいたいだけ一緒を続ける。
それは逆に幸せじゃないか?
俺達は俺達のことだけを考えていればいいんだよ。
違う?」
儀は何も言わず俺を抱きしめた。
力がこもっているのに優しい腕。温かい胸。それは言葉を必要としない儀の気持ちの表れだ。
背中に回した俺の腕も同じように儀に言葉を伝えているだろうか。
「儀・・お節って沢山あるんだよ、知ってたか?」
「・・・らしいな。」
「毎年ひとつづつ増やすつもりなんだ。重箱3段いっぱいになるくらいまで一緒にいような・・・いや、いてくれないと俺頑張れないし。」
「・・・ん。」
耳元に柔らかい唇が寄せられ「ありがとう」とかすれた声が聞こえた。
お互いの腕で相手を抱きしめながら、これでいいと安堵する。
誰が何と言おうと、俺達がいいと思っている。
俺達が望んでいる。
一緒にいることを。
形なんかなくていい。
裏付けも社会的認知も何もかも・・・いらない。
儀と二人で生きていけばいい。
だって・・・俺はそれを望んでいるから。
3段重を埋めることができるくらい先の未来。こうやって俺達は抱き合っているだろうか?
一緒にいよう。
ともに過ごそう。
沢山の時間を重ねよう。
儀・・・俺はやっぱり、お前との時間でいっぱいにしたいんだ。
願って望めばきっと未来は向こうからやってくるはず。
だって・・・俺が強く望んだから、儀は俺のもとに来てくれた。
だから俺も儀の傍にいるよ。
誓いの意味を込めて、儀の頬に唇を寄せる。
「一緒にいような。」
俺の言葉の返事はより強くなった抱擁。
「ヒロと一緒がいい。」
俺は返事の代わりに力を込めて儀を抱きしめた。
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