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すれ違い 2
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せっかく牧野と二人きりになれたというのに、俺はあのことを伝えることを忘れていた。というか、そのことさえも忘れていた。俺の脳味噌の中は牧野のことを考えることでいっぱいになっていたのだ。
「日坂、帰ろうぜ。」
放課後、保健室から帰ってきていた井成が俺のところにまっすぐ来てそう言った。その言葉により、今まで忘れていた思い出したくない記憶が一気に蘇る。井成と一緒に放課後遊ぶと約束していたのを完璧忘れてしまっていた。井成への返事をするよりも先に、まだ自分の席でノートやら教科書やらをカバンに詰めている牧野の方をチラリと見る。向こうはこちらに気づいていないようだった。こういう時、どう行動をするのが正しいことなのか、俺には分からない。だから、とりあえず牧野が俺のところへ来てくれるのを待つことにした。
「井成、帰りは牧野も一緒でいいだろ?」
ため息混じりにそう言うと、ケロッとした顔でいいよと言われた。井成の反応を見て、そこまで深刻に考えることなかったなと思った。
数分後、牧野は俺の横でニヤニヤしている井成を訝しげに見つつも、いつものセリフを言ってくれる。
「日坂、一緒に帰ろう。」
井成ではなく俺の名前だけを呼んでくれていることが少しだけ嬉しくて、微笑んでしまう。
昨日と一緒。三人で同じ道を歩く。牧野はさり気なく俺と井成の間に入って歩いている。そういった行動までもが、嫉妬をしてくれている証だと分かると微笑ましい。今日も牧野は自分の帰り道ではなく、俺の帰り道を一緒に歩んでくれる。
「日坂って優しい奴だよなー。」
今日の授業の話とか、食堂の新メニューの話とかどうでもいいような話をしていたはずが、突然俺の話になる。井成はニヤニヤしながら、牧野を見ていた。挑発的にも見える目。牧野は無表情のまま目だけを井成にやって「知っている。」と、当たり前のことの様に言った。井成はそれでも続ける。
「今朝さ、腹が痛くなったとき日坂に保健室連れてってもらっちゃったし。それに――」
チラリと俺を見る。
「それに、ずっと一人で寂しかった俺と、今日一緒に遊んでくれるって約束してくれたし。」
せっかくお互いの気持ちを確かめ合うことができたのに。牧野とうまくいっていたのに、何かが崩れる音がした。
牧野の前で何を言ってくれているんだ、そう思って井成を睨むとにこやかな表情をされる。全く、コイツの考えることはよく分からない。牧野の方を見れば、眉間にしわを寄せて俺に本当かどうか訊ねて来た。気まずかったが嘘をつくのもどうかと思い、素直に本当だと伝える。牧野の赤くて薄い綺麗な唇が噛み締められるのが見えた。
「井成、俺も一緒に遊んでやる。」
牧野は引きつった笑顔でそういった。
「え?」
俺も驚いたが、井成の方がより驚いた表情をしていた。牧野は俺たちの反応なんかお構いなしに続ける。
「まだそんなに歩いていないのだし、俺の家に来ればいい。」
そんなにと言っても、住宅街はもう見えている。どうすればいいのか……。井成は、何かを考え込んだ表情をしている。そして、何かを考えついた顔をして「分かった。牧野の家に行こうぜ!」と俺を見て笑った。
牧野も井成も何を考えているのか分からない。二人がそれでいいというのならばそれでいいのだけれども……。俺が頷くと、三人で来た道を戻って牧野の家へと歩く。
「お邪魔します。」
二度目になる牧野の家。初めて来た一昨日と同じで、そこの空気はとても冷たかった。井成は興味津々に玄関から家の中を眺めている。俺の肩に手を置いて背伸びをしている。少しだけ体重をかけられて重かった。
「おい、重い。」
「え? あ、悪い。丁度いいところに日坂の肩があったから。」
「は? 俺そんなに背低くねーぞ。」
井成はごめんと言いながらけらけらと笑っている。全く反省していない。牧野の視線を感じてそちらの方を見ると、目を逸らして家の中へと先に入って行った。
「お前ら、騒いでないで早く中に入れ。近所迷惑だ。」
ずれてもいないメガネをクイッと上にやって、牧野は俺たちを家へと招き入れた。
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