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俺×佐藤孝介
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「たちがみさん、おかえりなさあ〜い」
玄関に入るとひし、と抱きついてくる的井くん。
今は彼におかえりと返している余裕はない。
「……?どおしたの?顔色、悪いよ?」
「ああ……、ちょっと、ね」
心配そうに見上げてくる的井くんの頭を撫でる。
また会ったとしても、俺はもう男なのだ。
他人の空似だ、と言ってしまえばそれで終わり。
でも、あいつは『館上左々』を探していた。
まるで、行方不明になってしまったというような。
「(そういや、戸籍とかどうなってるんだ?)」
翌日。
俺は間式さんを尋ねることにした。
忙しいだろうに、「館上様は特別です」と快諾してくれた。
「本日はどうされましたか?」
フカフカのカーペット、派手でこそないが上品な調度品、そして座り心地が抜群にいいソファ。
少し低めなテーブルに、ソーサーとティーカップ。
わざわざ紅茶まで出してくれた。
いい香りが漂っている。
間式さんの丁寧なもてなしとは裏腹に、俺は一息つく暇もなく切り出した。
「あの、俺の戸籍とか……『館上左々』は今どこで何をしてることになってるんですか?」
テーブルを挟んで座った間式さんは、俺の質問を聞いていたのか分からないほど柔らかく微笑んでいる。
間式さんのせいでは無いのに、少し苛立つ。
こっちは焦ってるのに、なんでこの人はこんな涼し気な顔をしているんだ。
「俺って、今どこの誰なんですか?」
「ご心配には及びません。館上様は、館上様ですよ。」
「………は?」
思ってもみなかった答えに拍子抜けした俺。
ニコリを笑みを深くする間式さん。
何を言ってるんだ?どういうこと?
「館上様は館上様のままです。きちんと日本人として戸籍がございます。何もかも以前と変わらず、戸籍上は女性のままです。」
「女性の…まま……」
「今の館上様なら戸籍上の性別の変更も可能でしょう。どうされますか?手続きをご希望されますか?」
「えっ、戸籍上の性別って変えられるんだ……いや、そうじゃなくて!なんて言うか、俺の周辺の人達は俺の事どう認識してるんですか?!」
「ご両親には私共からご説明させていだいております。」
「なんて?」
「大まかに申し上げますと、館上様が当社サンプルの被験者に立候補されたこと、現在は経過観察中であること、経過観察中はどんな影響を与えるか不明なため館上様と接触は難しいこと、館上様の身の回りは我々の元で手厚く対応させていただくこと。以上です。」
「……両親はなんて…?」
「『生きてるなら問題ない。あのろくでなしのことは好きにして構わない』と、お父様が仰っておりました。」
「相変わらずだなあのオッサンは!!」
父は元々サバサバというか、バサバサというか、ザクザクというか、『生きてたら無問題!』というような人だ。
放任主義とかネグレクトとかではなくて、己の力が及ばないなら手を貸してやる、というスタンスだった。
だから今回も俺(当時は私)が立候補した、ということで特に口を出す必要は無いと考えたんだろう。
まあ、わかっていた気はする。
「お母様は心配でおいででしたよ。」
「あ、そうなんですか…」
正直意外だ。
母も父ほどではないがサバサバしている。というかズレてる。
小さい頃に俺が転んで泣いても、あやすことは滅多になく即手当、からの「これで治るから大丈夫よ!」と言われた。そういうことじゃない。
そんな母が心配してくれている。少し嬉しさと、申し訳なさが込み上げる。
「『あの子不摂生ばかりしてるから…実験体にはあまり適さないんじゃない?』と。」
「俺の心配じゃねーのかよ!!」
前言撤回。
心配などされていなかった。感動と謝罪を返せ。
キレッキレのツッコミにクスクスと笑う間式さん。
何から何までイケメンだが、楽しんでいる当たり性格があれな気がする。
「はあ…両親は分かりましたから、それ以外に…他の知り合いとかは?」
「申し訳ありませんが、我々もそこまで手が回りません。ご両親には、もし周囲へ説明に困ったら入院中で面会謝絶と答えるようにお伝えしました。」
「そうですか…」
そうなると、不思議だ。
何故、あいつは、佐藤孝介は館上左々を『行方不明』として探していたんだ?
あいつなら両親にももちろん面識があるし、話は聞いていそうだけれど…。
「あの、気になることがありまして…。」
「なんでしょう?」
「その、この前たまたま、知人に出くわしまして。俺の…いや、『女の館上左々』を探してたんです。行方不明になった、って。」
「なるほど。そのお知り合いの方は館上様のご両親と面識は?」
「あります。というか、実家のお隣さんで…世間一般では幼なじみって分類ですかね。うちの両親ともバリバリ面識あるんですけど。」
「ふむ。ご両親からお話を伺っていないのでは?」
「その可能性は…もちろんあるんですけど。あいつ、俺よりうちの両親と連絡とってるみたいだし……考えにくいんですよね。」
「なるほど…。もしかしたら、我々の根回しより先に、館上様の現状を知ってしまったのかもしれませんね。」
「えっ!」
それはとてもよろしくない。
やつは昔からお節介焼きだった。
うちの両親のドライさも相まって、それはそれは丁寧かつ親切だ。
それこそ転んだ翌日に私の膝小僧に絆創膏をみつけようものなら、おはようより先にどうしたのか、大丈夫なのかと聞いてきたものだった。
私以外の人に対してもそうだったから、もちろん恋愛感情とかいうものではなく、やつ自身の善人さの表れだった。
当時の私は幼なじみということもあり接する時間が多くて、それはそれはうんざりしたものだった。
「(そんなアイツが……佐藤孝介が……)」
私を探している。
まずい。非常にまずい。
俺のめくるめくウハウハ入れ食いバリタチフェロモン男子生活が、終わってしまう可能性がある。
「どうにかなりませんか!なんか上手いこと説明とか!」
「申し訳ありませんが、我々ではどうにも…。それこそその方にわざわざ釘を刺すような真似をすれば、余計怪しまれるでしょう。」
「そ、そんな…」
確かに。でもどうすれば?
あいつは納得するまで探し続ける。
素直に言う?もしくはとうとうやつを消す日が…。
「そうご心配なさらず。まさか館上様が男性になったなんて、そうそう信じて貰えませんよ。その方とお会いした時には、素知らぬ態度で接すればよいのです。」
「………。」
それもそうか。
普通、薬を飲んだら男の子になっちゃった☆なんてそれこそ信じて貰えない。
他人の空似の方がよっぽど信憑性がある。
考えても答えは出ないし、なるようにしかならない。
俺は諦めたように息を吐き、紅茶に口をつけた。
随分ぬるくなっていたが、美味しい。
焦っていた気持ちが、徐々に穏やかになる。
間式さんは俺が落ち着いたのを見て、また微笑んだ。
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