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次の日、俺は野球が終わってからユニフォームも着替えずに人の家の前に来ていた。初めて訪ねるその家は俺の家よりちょっとだけ大きい。外から見てみると、家の窓の明かりが全部ついてるから留守じゃないことがわかる。そっと指を伸ばして、インターホンを押した。
ピンポーン…
チャイムの音が鳴って、インターホン越しに人の声がするまでドキドキしながらそわそわして立っているとやがて『はい』と返事が聞こえた。よく知ってる声。
「そうた、おれ。ゆうや。ちょっと出れる?」
『…っ!』
インターホンに名乗ると、驚いたような小さな声が聞こえた。それからしばらくして、目の前の玄関の戸が開いて眉を寄せたそうたが恐る恐る姿を現した。
「どうしたの?こんな時間に」
「野球終わった後、すぐ来たんだ。お前に約束のもん渡したくて」
そう言って、野球カバンの中から取り出したものをそうたの目の前に出してやると、そうたは大きく目を見開いた。
「約束しただろ?お前がマスコットくれたら、俺はホームラン打ってやるって。そんで、それをお前に代わりにやるよって。」
にっと笑ってずい、とさらにボールを差し出すとそうたは驚いた顔のままボールと俺を何度も何度も見比べていた。
今日、朝起きて俺は野球の支度をしながらすごく落ち込んでいた。そうたは、もうあのマスコットをくれないだろうか。あれ、お守りにするつもりだったのに。
気持ち悪いなんて思わないのに。そうたと仲良くなれたっていう証拠みたいなものが欲しかったのに。
そう思ってバットを握ってふと思った。そうだ。そうたから渡せないんなら、俺から渡せばいい。約束通り、ホームランを打ってそうたに渡そう。そしたら、きっと。
そうたはきっと、もう一度自信を持ってマスコットを作れるはずだ。
俺は、いつも以上に気合を入れて大会に出た。絶対にホームランを打つんだ。そうたにやるんだ。
「ちゃんと、ホームラン打ったぜ。だから、交換だ。お前の作ったあのマスコット、俺にくれよな。」
そう言ってへへ、と鼻をこするとそうたがボロボロと泣き始めた。あれ、嫌だったかな。やっぱり、押し付けてるみたいだったかな。
「ご、ごめん。」
「ちが…、ちがう、ちがう。…っ、く、たちばな、く…」
申し訳なくて謝ると、そうたが泣きじゃくりながら何度も違うと繰り返して頭を振った。次々流れる涙を必死に擦りながら何かを言おうと口を動かす。俺はそれを、そうたが言いたいことをきちんと言えるまで待っていようとじっと黙って見つめていた。
「ど、して…、そこまで、して、くれるの…?ぼく、みたいな、気持ち悪いのに…っ」
「気持ち悪くなんかないよ」
俯いていた顔を上げて、ボロボロに涙をこぼしてくしゃくしゃの顔を俺に向ける。それを見て、俺、そうたにはそんな顔してほしくないなって思ったんだ。あの、マスコットを作っている時みたいに、楽しそうに笑うそうたが見たいんだ。
「お前、もの作ってる時すげえ楽しそうだった。嬉しそうだった。それってさ、俺らが野球やって楽しいってのと同じだろ?好きなものが違うだけで、楽しいと思うことが違うだけで好きな事をするときに楽しいのは誰だって一緒だ。俺、そうたが楽しそうに縫い物してるの、見るの好きだ。だから、泣くな。好きなことなら、胸張って笑ってやれよ。」
俺がそう言うとそうたは余計にボロボロ泣いちゃって、俺、余計な事言ったかなあって、失敗したかなあって思っちゃった。
よく考えたらさ、俺、そうたの事も縫い物の事もちょっと前までバカにしてたもんな。そんな俺にえらそうにそんな事言われたって、嬉しくないかな。余計に嫌になっちゃったかもしんないな。
「じゃ、じゃあな!とりあえず、渡したから!そ、それ、好きにしろよな!」
そう思うとちょっと気まずくなっちゃって、泣いてるそうたの手にホームランボールを握らせて俺はカバンを引っ掴んで駆け出した。
「ぐえ!」
つもりだったんだけど、いきなりかばんがびん!と引っ張られて、つんのめって変な声が出ちまった。引っ張られた方を見ると、そうたが俺のカバンの紐を掴んでた。
「な、なに?」
「…っ、こ、れ。これ…」
ぐすぐすと泣きながら、震える手でズボンのポケットから取り出したものを俺に前に差し出す。
「…あ」
それは、昨日踏みにじられたクマのマスコット。きちんと縫い直されて、綺麗にされていた。
「ほ、ほんとは、今日、こっそり、君んちのポストに、入れとこうかと思ったんだけど…、ま、間に合わなくて…」
差し出されたマスコットの紐をつかんで、目の前に持ち上げる。野球のユニフォームを着て、背中の所に『Y』って入ってる。
「これ、もしかして俺?」
真っ赤になってこくんと頷くそうたを見て、急にぶわって心臓に羽が生えたみたいな感じになって、思わずうわーって叫びたくなった。
「…ありがと。大事にする。」
「立花君」
呼ばれて顔を向けると、そこにはすごく嬉しそうに笑うそうたがいた。
「ぼくこそ、ありがとう。昨日、助けてくれて、『待ってる』って言ってくれて、僕の事好きって言ってくれて、ありがとう。ぼくも、ゆうやくん、好き。」
そうたに言われた『好き』に、俺は自分の顔が真っ赤になるのが分かった。何だかむずがゆくって、たまんなくなってくるって背中を向けて思い切り走りだす。
「あ」
「…っ、また、明日な!」
走って帰る途中に、振り返って大きく手を振るとそうたがすごく嬉しそうに笑って同じように大きく手を振ってくれた。
明日からも、きっと俺とそうたは休み時間一緒には遊んだりしないんだろう。俺は運動場に行っちゃうし、そうたは教室で縫い物をしてる。
それでも、確実に変わった俺とそうたの関係。ドキドキわくわくしながら俺は家まで走って帰った。
それから、大会に行く時には俺のカバンにはそうたのくれたマスコットが付いている。大事な大会の時には増えていくマスコット。そして、そうたの部屋には同じように野球のボールが増えていく。
放課後には、二人で並んで歩いて帰るんだ。
これからも、そうたがずっと笑っててくれればいいな。その時は、俺の隣で。
教室で女の子に囲まれて楽しそうに縫い物をしてるそうたを見て、俺は運動場へ駈け出した。
end
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