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颯一の弟分の結城くんの店に行くと、既に石川と春幸の父親である弐都さんが待っていた。
席についてしばらくすると華田がやってきたので、簡単に乾杯をした。
ここでの初顔は弐都さんだ。
「春幸は学校でも泣いてるのか?いじめられてはいないか?授業にはついていけてるか?」
チャラい見た目なのに態度は不遜という方だけれど、中身は意外と子煩悩でしきりに春幸の心配をしていた。
「誰にでも優しく、穏やかで一生懸命頑張ってますよ。特に音楽が素晴らしいです」
そう答えると弐都さんは嬉しそうな笑みを浮かべ、「当たり前だ!私の子だからな!!」とふんぞり返った。
子供達の話を肴に酒を飲み始めて一時間が過ぎた頃、酔いが回り始めたのでチラホラ世間話が混じってきた。
「皆に聞きたい。連れ合いに、『愛している』なんて言っているか?」
日本酒をチビチビ舐めていた弐都さんが徐に呟いた。
いきなりの発言に皆で吹き出しているが、当の弐都さんは大真面目に話しだした。
「この間、うちのジジィとババァの35回目の結婚記念日があったのだ。少し奮発して、屋形船になんか乗ってプレゼントやらなんやらで祝っていたのだ。そしたら、親父もプレゼントなんかをお袋に用意していたんだ。渡してからなんて言ったと思う?『マサ江さん、愛していますよ。これからもずっと一緒にいましょうね』だと!普段、母さんとかおばあさんとしか呼ばないのに!」
「Fooooo!弐都ちゃんの親父さんカッコイイねぇ」
「俺には真似できんな」「俺もだ」
「そんなの言われて、気の強いババァも泣き出して、『私も、文吾さんを愛してます』とか言って、嫁がもらい泣きしてるんだ。そ!れ!で!だ!今度嫁の誕生日があるわけでな、何か欲しいものあるか?と聞いたら…」
「『愛してますって言って欲しい』というわけか」
その通り!と言うと弐都さんは日本酒をぐいっと飲み干した。
一連の話を聞いて、関係のない私達はお互いに顔を見合わせてニヤニヤしながら、「頑張れよぉ」とか「言ってあげろよぉ」と囃していた。
春幸のご両親はお若いなぁとか思っていたら、キッと弐都さんが目を吊り上げ、「お前らも言え!」とか噛み付きだした。
「だって。結城言ってやったら?」
「言わん。絶対言わん。死んでも言わん」
「あー、でも俺は、煙草の本数増やす交渉を嫁にする時言ってるわ。『愛してるから煙草代あげてくれ』って」
「華田は煙草減らしたらどうだ?不健康だぞ」
「何でよ。俺は真面目に働いて人を助け、家族を養っているんだから、煙草っていう楽しみくらいもっても良いだろうが」
なんてくだらない話をしている間、ずっと考えこむような表情の石川がポツリと呟いた。
「嫁さんに愛してる、ねぇ」
その時になって、石川は奥方と死別したことを思い出した。
石川以外のメンバーもそれを知っていたので皆の表情が固まる。
「す、すまん。考えなしだった!」と焦る弐都さんを遮るように、石川は柔和な笑みを浮かべた。
「俺は結構言ってるよ。愛してるって」
その言葉を聞いてから脳裏にフッと、奥方の遺影に向かって愛していると呟く石川の姿が想像された。
穏やかな光景に、胸が少しだけ暖かくなる。
それは他の皆もそうみたいで、優しい表情で石川の言葉に頷いていた。
「な、何だイッシー…!いい話をしおって!」
「愛してるって言うと、顔真っ赤にして喜んでくれるから可愛いんだ」
「おい、大丈夫か?幻覚見えているんじゃないのか?薬だすか?」
愛していると奥方に言うのを渋る弐都さんに「言ったら結果報告してくれ」と言いながら、その日はお開きとなった。
「そういえば愛してるなんて久しく言ってねぇな」
帰り道を歩きながら、誰ともなしにポツリとつぶやいた。
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