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ピアノの音色?
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しん、とした部屋に、隣の部屋からピアノの音が聞こえてくる。
クラシックなんて聞かない俺でも、なんとなく知ってる曲。
どこかのBGMか、はたまたテレビ番組で使われていたことがあるんだろう。
「バー行くなら付き合うけど?」
ニヤリと笑う三宅の企み顔。
……俺、今認めたじゃん。
まだなんか言わせたいのかコノヤロウ。
「ケッコウです」
「あーいいなあ、生徒と教師だって。教師だけの特権じゃん。青春ど真ん中」
「みやっち、うるさいよ」
認めたばかりのもの熱い気持ちを、からかわれても、咄嗟に対応する余裕なんてない。
痛いのに、温かい。
恋をする感情なんて、忘れかけていた。
「いいよ」
前触れもなく、三宅が言う。
なんのことか分からず、首を傾げると、三宅は続けた。
「音楽教師は俺だけだから、俺が許可しない限り、ここに人は来ないよ」
「え?」
「弁解、したいんじゃないの?」
くい、と指先を、隣の音楽室に向ける三宅。
つまり、鹿島のところへ行って来い、ということ。
「ありがとう」
思わず笑みが零れる。
ああ、そうだ。幸せなことなんだ。
人を好きになった。
相手が生徒だとか、教師という立場を考えると、お先真っ暗かもしれないけれど。
それでも、想える相手ができたというのは、嬉しいこと。
安田と別れてから、一時は誰も好きになんてならないと思ったこともあるくらいだから。
音色が聞こえる。
邪魔をしてはいけない、と思い、そっとドアを開ける。
グランドピアノの前に座り、真剣な顔で鍵盤を叩く姿が、見えた。
人の気配にすぐ気づいたらしい鹿島が、手を止めて顔をあげる。
「千聖ちゃんじゃん。どーしたの」
驚いた、とふわりと笑う。
「鹿島……ピアノ弾けるんだね」
その笑みに、胸がきゅうっと熱くなる。
今までとなにも変わらないのに、溢れ出した気持ちに気づいただけで、こんなにも違う。
「意外?」
ニヤリと得意げに笑う鹿島。
「意外も意外。すげぇ意外。不器用そうなのに」
「なにそれ! すげー失礼!」
だってほんとだし。
普段ガサツでてきとーなやつなのに、繊細な音を奏でるなんて、すごいギャップじゃない?
「さっき弾いてたの、なんて曲?」
「子犬のワルツ」
「あ、聞いたことある。シューベルトだっけ。昔音楽で習ったことある気がする」
「シューベルト? そこまでは知らね。……三宅先生に聞けば分かるんじゃない?」
眉を少し潜めた気がした。
三宅、の名前に。
「……変な、関係じゃないからな」
「分かってるよ」
変な関係ってなんだよ、て感じだけど。
冗談ぽく、勘違いすんなよ? なんて笑って言おうと思っていたのに。
鹿島が、悩ましげな表情をするから、畏まってしまった。
「それ言うためにわざわざ来たの?」
笑う、鹿島。
律儀だねえ、なんて冗談ほのめかして。
「そうだよ。変な噂広まったら大変だもん」
だから俺も冗談ぽく返す。
「……それに、ピアノ弾いてる鹿島とか、似合わないから、見てみたいなあって」
「うわ、またそんな失礼なこと言う。ひでーなぁー可愛い生徒に向かって」
「お前は手のかかる生徒だよ」
ケラケラ笑い出すから、わざとらしく腕を汲んで見下ろす。
「千聖ちゃんからかうと楽しーんだもん。だからわざと」
また、笑ってそう言うから、胸がときめいてしまった。
これもまたからかわれているだけなのは分かっているけど、自分だけ特別だと言われているような錯覚になる。
ああ、なんておめでたい脳みそなんだ、俺ってば。
「ほかに、なに弾けるの?」
「他? んー楽譜見れば色々弾けるけど、暗譜してんのはあと2,3曲くらいかなー。なに、俺のこと知りたいの? 千聖ちゃん」
あえて話を逸らしたのに、また。
わざとらしいくらいにニヤニヤしながら、俺をからかう口調。
「知りたいよ」
考えるより先に、思わず。そう答えた。
ドキン、とした。
俺の反応が意外だったのか、目を丸くした鹿島が、まっすぐと俺を見て来たから。
やけに、それが、男らしく見えたから。
「知りたいなら教えてあげる」
そう言って鹿島は椅子を引き、立ち上がる。
そして俺の前に向かい、まっすぐと見つめてきた。
「な、にを教え……」
俺が言い終わるより早く。
鹿島の顔が一段と近づき、そして。
「これが俺の唇」
一瞬だった。妄想が見せた幻覚だったのか。
鹿島の唇が、俺のと重なった。
「いま、なにし……て」
「ん? 千聖ちゃん知りたいって言ったから。じゃあねっ」
ケロリとした顔で、俺に笑いかけると、鹿島はそのまま部屋を出て行った。
先生、ピアノありがと。
え、もういいの?
うん、また来るー。
なんて、隣の部屋から鹿島と三宅とのやりとりが、ぼんやりとした頭で。遠くから聞こえた気がした。
幻覚、ではない。
そっと、自分の唇に手を当てる。
勘違いじゃない。感覚が、柔らかさが、残ってる。
鹿島に、キスされた。
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