アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
トリカイの冬休み(8)
-
正月、朝から俺は自宅に引きこもってる。両親は母親の実家に出掛けてるし、ねーちゃんは友達と合格祈願の初詣。
「はぁぁ。初詣か…明日は近所の神社に行くか。そんでついでに素敵な出会い落ちてねえかな。」
正月の特番テレビをだらだらと見ながら、こたつに頭を乗せる。テレビの音を聞きながら目を閉じた。こんな温かいこたつに入ってたら眠くなる。二度寝しようかなあ。
ピンポーン、
「…誰か来た、」
居留守だな。眠い。
ピンポーン、
「…いませんよー。」
ピンポーン、
誰か居るって確信してんの?なんだよしつこい。
「はいはい。分かったよ出ますよ。」
しぶしぶリビングに置かれたこたつを出て、寒いから急ぎ足で玄関を開ける。
ガチャ、
「…あれ…紅葉。初詣は?」
びっくりした、なんでか紅葉が立ってる。しかも1人?楓の姿を探してキョロキョロするけど居ない。
「明けましておめでとう。僕も行かなかったんだ、でも楓は行ったよ。兄ちゃんと加賀さんと能戸さん…その3人じゃ不安なんだって。」
「へえ。あ、明けましておめでとう。良かったら上がる?家の中誰もいないし。寒いだろ。」
「うん。有難う。」
紅葉を家の中へ通して玄関を閉める。リビングのこたつに案内して、2人分のホットコーヒーを淹れて向かい側に座った。
「肉まん買ってきたよ。好きだろ。一緒に食べよう。」
コンビニの袋を差し出される。なんか良い匂いがすんなって思ってたら…これか。急に腹が減ってきた。
「おっ、有難う。そういや朝からなんも食べてなかったわ。」
「えー、もう何だよそれ。ちゃんと食べなよ、御節料理とかなかったの?」
「いや、あったけど…。まだ後で良いかなって思って家族も出掛けたし。そんなに腹減ってなかったから。」
紅葉が溜め息を吐く。何してんだよって顔。気にして貰ってちょっと嬉しい、紅葉は優しい。
袋から一個出して残りの一個を渡す。ふかふかしてて熱々の肉まんが指先を温める。
「へへっ。あったかい。いただきます。」
「どうぞ。」
かぷっと、かぶりつく。
「美味いな。肉まんってさ、コンビニによって味が違うよなあ。ここのコンビニの肉まんが1番好き。」
「うん知ってる。渉はさ一途だよね。他のコンビニの肉まんは、あんまり買おうとしないからすぐ分かるよ。」
「…そうだっけ?」
あんま意識してなかった。確かにさ、肉まん食べたい時はここのコンビニに足を運んでしまう。
紅葉が肉まんを半分に割って、中身を見ながら躊躇うように言った。
「ねえ…こんな事を言うのはお節介なんだけど。好きな人を忘れるのには時間がかかると思うし…無理して能戸さんの前で平気そうな振りしなくていいんじゃないかな。特に渉は一途だろ、見てて辛いよ、」
そんなに分かりやすかったかなー。全然駄目じゃん平気そうな振り出来てねえとか。
能戸さんを好きだった事は、初めて会った時にアイスクリームショップで話したしなあ。
「あーそれならもう大丈夫。忘れる為に約1年間もたっぷり時間かけた、好きだったのは去年まで。今年の俺は違うんだぜー、早速明日にでも近所の神社で恋愛祈願すんだ。」
「それさ、僕も一緒に行きたい。今から行こう恋愛祈願。」
肉まんを喉に詰まらせそうになる。
「う、…なんで。」
「僕も渉と一緒。忘れる為の時間はたっぷりかけた約8カ月。あ、少ないとか思った?」
「いや、そんな事はねえけど。でも桜井さんの事…諦めんの。楓は?」
「楓は楓。僕は僕。兄ちゃんは加賀さんの事が本気で好きなんだ、見てて分かる。それに加賀さんと万が一別れても楓もいる…気持ちの強さから言えば僕は3番手。そんなに待てないし気が遠くなる。」
紅葉が笑う。もう真琴って呼んでない。そういや玄関で話してた時も兄ちゃんって呼んでた。
「紅葉…、」
「やっと諦める決心がついたのは渉の涙の所為。びっくりしたんだ。涙の温度を感じたの久し振りで、温くて、僕自身が泣いてしまったのかと思った。」
そうだこの前、紅葉の目の前で泣いて手の甲に涙を落としてしまった。
急に恥ずかしくなる。かぁぁって顔が熱い。しかもあの後、逃げるように帰ってしまったし。
「あの時はごめん。ちょっとゴミが目に入って、ほら、痛すぎてアレな感じで…。」
「ぷっ、何言ってんの。誤魔化さなくても良いのに、渉の涙は綺麗だったよ。本当に、僕の心に沁みた。」
「止めて下さい、恥ずかしいデス。」
思わず敬語。食べかけの肉まんをこたつに乗せ、眼鏡を外して顔を隠す。触れた頬が熱い!もうこれは完璧赤面してる。
「渉。」
紅葉の指先が、顔を覆った手に触れる。あったかい。ああ、肉まんかな…それで指先があっためられてんのかな。
「手を退かしてよ、眼鏡を掛けてない顔を見たい。」
それ、能戸さんも言ってた、
「桜井さんには似てないよ。」
ああ…心の傷が浮き上がる。顔の熱がさあっと引いて冷めた、凄い勢いで警戒心が出てくる。ぎゅっと顔を隠す指先に力がこもる。震える。
「なんでそこで兄ちゃんが出てくるの?関係無いだろ。」
心底不思議そうな声。
「…身代わりは、もう懲りたんだ。」
「身代わりって何。そんな事は考えて無いよ。」
「……、」
紅葉の指先が離れた。やばっ、駄目だ。早くごめんって謝らないと…でも、今は声を出せない。喋ったら音が震えて、泣いてるのに気付かれる。
「無理言ってごめん、…眼鏡掛けるまで見ないから。ちゃんとあっち向いてる、掛け終わったら教えて。」
「っ、ぅ…もみ…じ…ごめん。」
案の定、震える声。泣いてるの気付かれたかな、2回目とかさぁ。しかも勝手に勘繰って自滅してるし…馬鹿だな俺。友達止めるって思われても文句言えない。これは酷い。
涙を手の甲で拭う。ああ本当だ、出たばかりの涙って温い。紅葉は言ってた通りに背中を向けたまま待ってる。もう気付かれてるかもしれないけど涙の痕跡を消したくて、トレーナーの袖で頬を拭きながらぐずっと小さく鼻をすすってから声を出した。
「紅葉もういいよ。肉まん食ったら初詣に行こうか。」
振り返る動作、滲む輪郭。
「うん。でも先に眼鏡を掛けないと、視力悪いんだろ?」
紅葉の声が優しい。
「そ、紅葉の表情もよく分かんない。」
「そっか、残念。」
眼鏡を掛けたら…紅葉は微笑んでた。よかった。友達は止めずにいてくれるみたいだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
181 / 235