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No.90/モブ男
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ベッドに座って、渡されたスポドリをゆっくり飲み込む。思ってたより喉が渇いていたみたいだ、一口飲んだら止まらなくなってごくごく飲む。3分の2くらい飲んだら気が済んだ。
「大丈夫か、」
「うん。」
京平の心配そうな顔。ああ、なんでこうなんのか、今日はホントに反省した。ちゃんと言うべき事を伝えるのは難しい。
オレは小さい頃から体調悪くてもガマンしてたし、割と健康体だったから治りも早かったしなー。過信しすぎなんかな、こんくらい大丈夫だって思ってしまう。
「ほら、横になれ。」
飲みかけのペットボトルを置いて、素直に寝転ぶ。オレの隣に京平も寝そべった。
「もうホラー映画観るの止める。お化け屋敷も行かない。オレには合わないみたいだ。」
ホラー系の後はろくなことがない。体調崩すし。
「ははっ。俺が側に居る時は別にいいだろ。ちゃんと看病してやる。それに、暫くしたら治るって。」
遊園地の時もそうだったろって、笑ってくれる。うん、そうなんだけど…。
「ごめんな、オレは自分の気持ちを伝えるのがヘタみたいだ。言いたい事を上手く言えないし、どう言おうかって考えてるとタイミングを逃すし…。」
話を促すように、京平がじっとこっちを見つめる。綺麗な目の形。吸い込まれるように、その濡れたように光る瞳に映る顔を見返す。そこには、オレがいる。
「あのな…保育士になりたいって思ったのは、きっと恩返しなんだ。」
自分の心の中をさらすのは苦手だ。でも、京平だから言おうと思った。
「恩返し?」
「うん。オレは小さい頃、保育園でも居残り組でその中でも1番最後まで残って待ってた。正直、みんなが帰って行くのを羨ましいって思ってたし、寂しかったし、お腹もすくし。でも母さんがオレのために働いてるのも分かってた。子供だってそんくらいちゃんと感じてる。」
「うん。」
「最後の1人になると園長先生が来て、残ったおやつをこっそりくれるんだ。部屋の扉を全部開けてくれて、そこに並んで座って、園の門を見ながらおやつを食べ終わる頃になると母さんが迎えに来る。その繰り返し。」
母子家庭だった事を恨んではいない。今は5人家族で、あの頃のオレが望んでたように父さんと弟もいる。
「園長先生は、誰にも内緒だよって言ってたけど、きっと他の先生は知ってたんだろうって今は分かる。でも、こっそり食べるおやつって美味いよな。」
「だな、隠れて食べんのは美味いな。何だろな、あの特別感。はは、懐かしい。」
一緒に笑う。京平はどんな子供だったんだろ。いつか、話を聴かせてほしい。
「へへ、そうだろ。だから、そのおやつと園長先生のおかげで幼児期は楽しく過ごせたから、その恩返し。」
些細な事でも救われる事ってある。オレも誰かの力になれるならそうしたい。
「おやつの恩だな。」
「うん。」
「良い理由だと思う。ちゃんと恩返ししろよ。その気持ちが有れば、きっと立派な先生になるさ。」
「立派な…は難しいけど、オレなりに頑張る。」
母さんと小さかった頃のオレ。園長先生とこっそりくれたおやつ。それがオレの根幹なんだと思う。
「話してくれて有難う。」
「うん。京平だけには伝えたかったから、でもみんなには秘密な。ほら、園長先生との約束もあるし。」
頷く京平の表情が優しい。
「分かった。秘密な。」
悪戯っぽい笑顔で差し出された小指に、小指を絡める。こんな事したのいつ振りだろ。
「なあ、これも懐かしい。」
「だな。」
後10日で高校を卒業する、その日まで京平の観察記は続くけど、今日は初デートの失敗と京平との指切り…色んな表情が観れたな。
あ、でもホラー映画はあんまり怖がってなかった?どうかな、オレはずっと怖くてしがみ付いてたし、なんか京平はこっちばっかり見てた気がする。
コン、コン、部屋の扉をノックされた。
「はい。」
「母さんが御飯出来たって。」
楓が顔を覗かせる。
「うん。今行く。」
観察記を記したノートを閉じる。引き出しに入れて部屋を出た。
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