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君の話を聴こうか、[曇天]
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僕は、最近迷っている。バイトを続けるべきか、辞めるべきか。あの兄ちゃんを1人にするのは危ない。いや、店長がヤバイ。それで、バイトを辞める事が出来ずにいる。
はぁ…。
「楓、溜め息。…今日のバイト代わろうか?」
紅葉が僕の顔を覗き込む。正直、働く意欲は既に無い。別に働くのが嫌なんじゃない、それ以外での理由が幾つかある。
紅葉とはバイトの時にあった事を引き継ぎして、互いの齟齬を無くす様にしてる。だから、僕の溜め息の理由に気付いたんだろう。
「ううん。大丈夫。」
「その溜め息は、もしかして須田さんの事?」
それも一つの理由。彼女からのデートの誘いとか、向けられる好意は嬉しい…でも、疑問が有る。
彼女は僕が双子だと知らない、紅葉という弟が半分の確率で僕とすり替わってる事も、勿論知らない。だから当然、彼女の誘いは僕達2人ともにかかってくる。でさ…彼女はどっちが好きなのか?それを考えると、うかうかデートも出来ない。
「楓はどうしたいの。付き合いたいなら、僕の事を須田さんだけには、ばらしても良いよ。」
「…ちょっと考える。」
本気で好きだと思ってる訳じゃない。ただ、顔は嫌いじゃない、声も体つきもそう。だから、断る理由も特に無い。このくらいの軽い気持ちからデートして、少しずつ互いの事を知って、その関係性をお互いどうするかを探ればいいと思う。
でも、その前に僕と紅葉と、どっちへ向けられてる好意なのかっていう…。一番嫌なのは、どっちでも良いってやつだ。僕達は姿形は同じ様でも、中身は違う別の人間なんだ。
出来れば、僕がいいんだと強く求めて欲しい。そんな誰かがいれば…と思う。
そんな事をつらつら考えていたら、もうバイト先は目の前。6月半ばの梅雨空、今にも降りそうな曇天を見上げる。近頃は傘が手放せない。
はぁ…、この曇天と同じで気分は晴れない。覚悟を決めて、従業員の通用口へ入った。
「楓君、明日はシフト休みでしょ。私もなんだ。土曜日だし…良かったら、勉強教えてくれないかな。私、あんまり成績良くなくて、そろそろ受験勉強やんないとヤバイから。」
須田さんは、僕がオーダーの出来上がりを待つ合い間に素早く話し掛けて来た。受験勉強を一緒にするという方向性で今日は攻めて来る。以前、どこの高校かと聞かれ、M学園だと答えた所為かもな。彼女はこの近くの高校に通ってて、自宅もそう遠くないと言っていた。
「うん。僕で良ければ、」
「えっ、いいの!」
「午後からでも良いかな。」
「わ、ありがとう。場所は私のうちでも良い?」
「うん。」
彼女の耳で、小さな星型のピアスが光りながら揺れる。うちの高校ではピアスをする様な女子はいない。校則も厳しいし、そんな事で内申点を下げたくないと思う子が多く、見掛けはそれなりにみんな真面目にしてる、まあ中身は違うと思うけど。
僕は、ピアスは嫌いじゃない。だから、勉強なら付き合ってみても良いかと判断した。明日の待ち合わせ場所と時間をメールする事にして、彼女は足取り軽くオーダーを聞きにカウンターを離れる。
「はい、楓。」
「うん。」
兄ちゃんに渡されたオーダー通りの品を、近くのテーブルに座るいつもの客へ運んだ。今日は珍しく1人。
「お待たせ致しました。」
カフェオレを、本を読んでる能戸さんの前に置く。彼はいつもカフェオレだ、砂糖は入れない派。
「加賀さんはバイトですか?」
一応、確認しておく。兄ちゃんと一緒に帰るべきかどうか、その判断の為に話し掛けたくもないのに話し掛ける。勿論、紅葉のふりして愛想のいい笑顔付き。最近は変則的に入れ替わってるから、バレないと思うんだ。
「うん、家庭教師とか柄にもないヤツ。いつまで続けるんだか、笑える。」
加賀さんは最近、中学生の家庭教師をしている、相手は従兄弟らしい。能戸さんの軽口、それには付き合う気はないから、ごゆっくりどうぞと言い置いて去ろうとしたら、ぐっと腕を掴まれた。
「で、受験勉強ついでに何すんの。」
「は?」
聴いてたのか。っていうか、勉強しかするつもりはない……今のところは。彼女の興味の対象がどちらなのかはっきりすれば、状況は変わる可能性が高いけど。先ずは、その確認が出来ればいいと思う。
「能戸さん、仕事中なので手を離して貰えますか、」
痛えんだよ、馬鹿力。でも、紅葉だったら…とか考えると怒れないから、困った様な表情を作った。
腕を掴んでいた手がパッと離れる。長い睫毛に縁取られた瞳が細まる、形の良い唇は薄く色付く薔薇色で、ごめんねと言いながらゆっくりと口角を上げた。自分の顔の作りを最大限に活かす事を心得た表情で、能戸さんは微笑む。
「バイトが終わるまで待つから、一緒に帰ろう。」
イラッとする、この内心の見えない笑顔。僕を紅葉だと思っているのか、楓だと分かってやっているのか。
ここのカフェを辞めたい原因の大半はこの人だ。何の嫌がらせなんだか、如何して僕に絡むんだ。いや、…違うのかもな、紅葉だと思ってるから気安くしてるのかもな。
窓から見える空を見る、晴れ間なんてない、変わらない曇天。
「雨が降りそうですから、待たずに帰って下さい。では、失礼します。」
内心の気持ちを殺して笑顔を作り、今度こそ席を去った。
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