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君の話を聴こうか、[捻挫]
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「楓っ!!」
大きな音に驚いたのか、階段の下に引き返して来ていた紅葉が慌てて僕を呼ぶ。僕の体は無理して掴んだ右手の手摺りで支えられ、何とか階段から少し落ちただけで済んだ。
「大丈夫、ちょっと足を踏み外しただけ、」
態勢を直したらズキッ、と手首に痛みが走った。ああ、捻挫したかも…。まだ感覚のない足を動かして、ゆっくり降りる。やっと全部降りると、
「どっか痛むの?」
紅葉が待ち構えていた様に、僕の顔を覗き込む。心配してるのか、眉根が寄せられている。きっと、僕も眉根が寄ってるんだろう。手首の痛みの所為、いや、それだけじゃない…どろどろと黒く重く歪み形を失くして崩れる心。
不自然にならない様にそっと紅葉から目を逸らす、右手首が気になるんだと装ってそっちを見る。僕は今、自分の気持ちを紅葉に知られたくない。
「たぶん、右手首を捻挫した。ズキズキする…、」
「分かった。取り敢えず湿布を貼って、月曜日に病院へ行こう。」
「うん。」
背中に当たる手の平、僕を包み込む様にリビングへ誘導する慣れた仕草。どちらかが怪我した時は、いつもこうやって寄り添って来た。でも今は、何だかそれが気になる。少し離れていたい。一人になりたい。
廊下から玄関のドアが開く音、きっと父さんだろう。
「紅葉、手当は一人で出来るから先にご飯食べてて。父さんも帰って来たし、」
ただいまって、父さんの声が聞こえる。紅葉は玄関の方向を振り返って、まだ姿の見えない父親へおかえりと返した。母さんが出迎える為にキッチンを出て行く。本当に円満な家庭だ、どこか他人事の様にそう思った。
「片手でやるのは不便だろ。僕がやるよ、」
紅葉はさっさと救急箱を棚から取り出して、ソファーに座った僕の横に腰掛けた。別に、右手が使えなくても不便はない。僕達は両手利きだ。小さい頃から鏡の様に向かい合って、互いの行動を真似る遊びをしていたから、どちらも不自由なく同じ様に使える。
使い勝手から言えばハサミは右利きだったり、レジを打つのは左利きになったりしている。箸やペンは気分次第。そんな感じだ。
「ああ、少し腫れてる。痛いだろ、」
その言葉の中に、自分の事の様に痛みを感じているのが窺える。それが、また僕の心を重くする。今ズキズキと感じるこの痛みは、何処から来てるのか。
もう、止めたい。僕の全て、そんなあやふやなものは無くてもいいんだ。
「はい、完了。湿布貼って包帯で固定してるけど、あんまり動かさない様に注意して。うーん、サポーターの方が良かったかなあ…、」
そう呟いて、救急箱を棚に戻す為に立ち上がるのを見ながら、バイトと須田さんと受験の事をぼんやり思った。
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