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君の話を聴こうか、[土砂降り]
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閑散としている店内。予報通りに外は土砂降りの雨。午後8時前、そろそろ上がりの時間。客足が途絶え、僕は同じ時間に上がる須田さんの近くに寄った。
「須田さん、バイトの後で少し時間を貰えないかな。」
「うん。」
須田さんは僕の顔を見て、その表情から話の内容…良い話か悪い話かを探ろうとする。でも、僕は相変わらずのバイト中の笑顔で接した。
店長には、早目に来て辞める事は伝えたし、紅葉が代わりに働く件も了承して貰った。兄ちゃんの名前を出す間も無かった。
案外、店長は僕の事を…正確に言えば僕と紅葉の事を買ってくれていた。仕事振り、それもあるけど大きなポイントは容姿の問題らしい。僕と紅葉が一卵性の双子だと分かると笑顔になった。ここのカフェのホールスタッフは、如何やらそういう基準で選ばれている様だった。
「楓、」
兄ちゃんは、店長に僕のフォローでホールにも出る事を伝えていて、今日はキッチンとホールの両方に居る。丁度、今も加賀さんと能戸さんの座ったテーブルから戻って来たところだった。この雨の中、良く途中下車してまでここへ来たもんだと感心すらする。
「何、兄ちゃん。」
能戸さんが物言いたげに僕の方を見てる。ずっと、須田さんと僕が話してる時も視線を感じていた。
「キイチが楓と話したい事があるから、一緒に帰りたいって。オレは京平と帰るから、気にしないでいいぞ。」
「あ、ごめん。今日はちょっと用事が有るからそれは無理なんだ。悪いんだけど、帰る時に能戸さんに伝えて、」
「そっか、分かった。」
あっさりと頷いて、兄ちゃんは上がりの時間まで僕の側に居た。時々僕の手首のサポーターを見てる、兄ちゃんは僕が直接能戸さんの所へ返事をしに行かない事も、何の用事が有るのかも聞かない。それは、今の僕には有り難かった。
「お帰り、楓。」
「…ただいま、紅葉。」
タオルを持った紅葉が寄って来た、有難うと受け取って濡れた腕や服を拭った。玄関には既に兄ちゃんの靴がある、僕は濡れたスニーカーを脱いで、そのまま風呂場へ行こうかと思ったけど兄ちゃんが入ってる可能性に思い至った。
「兄ちゃんは?」
「お風呂、もう直ぐ出るよ。遅かったね。」
「うん。少し話したい事が有るんだけど。」
兄ちゃんが居ないなら、その方が話しやすい。頷いた紅葉は、二階に上がる僕に付いて来た。部屋に招くと、自分の部屋と同じに慣れた様子で入って来る。
「バイト、ちゃんと店長に了承して貰ったから明日から宜しく。」
「うん、…有難う。でも楓、僕はもしかしたら」
「それと、須田さんの事なんだけど、」
話しを遮り言葉を重ねる。紅葉の表情が曇ってる、でも続きを聞きたくない。僕の本心を話すなんて、内面の醜さを晒すなんて、絶対に嫌だった。
「告白されてたんだ、でも断ったから。明日は、初めて会う振りしてやって。勿論、告白の事も知らない振りしてあげて、きっと他の人に知られるのは嫌だろうから。」
彼女は、紅葉をまた好きになるのかな。僕の演じていた楓としての紅葉、そして紅葉の演じた楓。明日からは、本物の紅葉が共に働くんだ。
「何で、そんな事しか言わないの。ちゃんと話してよ、楓の気持ちを聴かせてよ。本当にそれでいいの?バイトも須田さんの事も、そんなふうに手放していいのか?」
「……いいよ。もう、いいんだ。」
「僕が、無理にバイトに割り込んだから、だから」
「そう思ってるなら、もう聞かないでよ。」
そう言って気が晴れたのは一瞬だけで、僕の心の中は外と同じ、土砂降りの黒い雨に覆われた。一歩先、それすら見えず、紅葉の表情が泣き出しそうに歪んでいるのさえ、本当の意味で見えていない。
ほら、だから嫌だったのに。僕は今、紅葉の気持ちを分かっていながら、傷付ける事しか出来ないんだ。もっと酷い言葉を言う前に、僕から離れて欲しい。
「1人になりたい。…ごめん、紅葉。」
僕は、苦労して何でもない様に顔を作った。紅葉は僕の目を見ようと、合わせようとしてる。だから背を向けて遠ざけた。
バタン…、
背後で扉の閉まる音がした、それは僕の心が閉じる音。そして、紅葉の気持ちが塞ぐ音。
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