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君の話を聴こうか、[シマダ]
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「今日も家に行っていい?」
「別にいいけど、」
放課後の教室、物言いたげな銀縁眼鏡の奥の視線。彼は筒井拓巳、去年の生徒会長で同じクラスの友人。
家は開業医で、父親が内科の先生で母親は皮膚科の先生。一人っ子の彼の将来の職業は、産まれた時に定められていた。筒井はK大学の医学部を目指しているけど、もう受験勉強の必要性を感じていない彼と僕は、学校の宿題をした後はのんびりしている。その時間が心地良い。
「何で毎日のように来るんだ。」
「猫好きなんだ。」
「猫か、」
絶対納得してない顔をしてるけど、僕の訪問を迷惑だとは思ってないみたいだ。実際、猫は好きなんだ。家ではペットを飼ってないし、筒井の家の猫は雑種だけど僕好みの美猫。
「紅葉は、またバイト?」
「うん、多分。」
一緒にスクールバスに乗り込む。7月半ばになり、梅雨も明けた空は青く晴れ渡り傘の持ち運びはしなくても良くなった。
「多分?…最近、2人が話してる姿を見ないけど何で。」
「さあ。たまたまじゃない。」
本当は、家でも挨拶以外では話していない。だからバイトのシフトも、もう分からない。僕はずっと逃げてる、紅葉からも…能戸さんからも。
放課後は筒井の家、もしくは図書館。時々は喫茶店とか本屋、僕はあちこち転々としながら、夕食前のぎりぎりに帰宅する。もしも…早く帰宅して、彼が待ってたら…待ってて欲しいのか、欲しくないのか。僕は、自分の気持ちと向き合いたくない。
携帯番号は相変わらず知らないし、教えていない。聞かれなかったし、聞かなかった。兄ちゃんと弟の友達、僕はたまたま一度寝ただけの知り合いって距離。これって、更に悪化してないか、ただの知り合いの方が真っ当だろ。
「やっぱり、遊びだからか。」
バスが発車する。僕の家の方向とは違う経路を辿るバス。
「何?」
「ううん、何でもない。」
寝物語なんて僕は信じない、最も信用ならないと思う。あいつはろくでもない奴だ。ヤりたきゃ幾らでも口説くに決まってる、彼が本気で僕の事を知りたいと思った筈がない。紅葉の代用品とかだったら、もう笑いも出ない。いや、いっその事その方が笑えるか。
渉はどんな経験をしたんだろう。僕は、能戸さんの事で傷を抱えたりしない、そんなふうに彼の事を好きにはならない。
僕は今、心も、体も、希望通りに半分くらい壊れてる。自分の存在の必要性を感じられないまま、毎日をダラダラと生きてる。
「シマダ、おいで。」
ミャー、
僕が呼ぶと、猫のシマダは筒井の足元に尻尾をピンと立て擦り寄った後に、2人で掛けているソファーに飛び乗って僕の膝に座った。シマダっていうのは、縞模様だ、からの転じた形。この名前を付けた筒井のネーミングセンスはどうなってんのか。
「随分と慣れて来たな。シマダは結構好みが煩いんだ。楓は好きなタイプなんだろう。」
「ははっ。何それ、猫に人間の好みがあんの。」
「あるよ。うちのは子供嫌いで、あんまり構われるのも嫌う。自分の構って欲しい時は来るくせに、勝手な奴さ。」
「勝手な奴か、」
能戸さんの顔を浮かべながらシマダの縞模様の背を撫でる。うん、シマダは手触りがいい。癒される。
「はぁ…、癒されてどうすんだ。」
「何。猫撫でて癒されちゃ駄目だとでも?そもそもペットは癒しの為に飼うものだと、俺は思ってたけれど、」
「うん…そうだな。」
自分を壊したいと思っているのに、癒しを得るのは矛盾してるかなって思っただけ。でも、シマダは好き。
「なあ、明日は金曜日だし学校終わったら泊まっていいかな。出来れば日曜日の夕方まで居させて、」
「まあ、いいけど。」
筒井の視線がまた物言いたげ。でも深く探らないのは、彼の良いところ。
「有難う。」
「楓はシマダと似てる。」
「何それ。僕が自分勝手だって?」
「自覚ないのか、」
「でも癒されるんだろう。シマダと似てるんだから。」
「…かもな、」
筒井は僕の隣で本を読み始めた。紅葉が好きな作家の本とは違う、内容なんて知らないけど何かのシリーズ物。確か、杉山の好きな作家の本だと言っていた。筒井は杉山が好きなんだろう。そうじゃなきゃ、誰かの好きな物を敢えて取り入れたりしない男だ。だから安心出来る。
「本当はシマダだけじゃなくて、筒井の側にいるのも割と好きなんだ。それが毎日来たい理由、」
「何だよ突然。まあいいや、好きなだけ居ればいい。」
「うん。」
やっぱり筒井はいい、こんな事を言っても襲って来ないし。いや、それが普通か。右手首を摩る、もう痛みは消えた。あの日の事も、同じ様に消えたらいい。
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