アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
四季折の羽:パロディ【気休めの薬】
-
「い、しゃ……」
「?…うん。医者だよ?」
全部終わったと思っていた。もう駄目だと思っていた。
けど、全部手放した俺に…全部奪われた俺に、神様は少しだけ希望を与えてくれたんだと思った。
目の前には、探し求めていた医者がいる。
頼めば、きっと、きっとあいつを助けてくれる。
「っ‼︎」
またポタリと涙が頬を伝うと、さっき男に蹴られた頬の傷に涙が染みてジン、と痛んだ。
医者と名乗ったこの男は、懐から何かを取り出しそれを俺の頬に塗り始めた。
「少し染みるけど、傷薬。口の中は切れてない?切れていたら暫くは刺激物は口にしない方がいいよ。」
「……本当に…医者なのか?」
「ふふっ。信用されてないのかな?本当に医者だよ。」
「だったらっ」
だったら……今すぐ俺と一緒に、あいつの所に……
「……っ…」
勢いで医者の胸倉を掴んでしまった。
診てほしい患者がいる。助けてやってほしい。
そう言おうと何度も口を開くが、俺は医者を雇える程の金は持ってない。金の代わりにと持ってきた物も、全部奪われてしまった。
「……頼む……助けてくれ…」
それでも……俺はあいつを助けてほしい…
「俺は…もう何も持ってない……あんたを雇う金も無い……でも、医者なら…あいつを助けてくれ…」
何も無い自分が、無力な自分が惨めで、情けなくて。
人間を助ける為には、人間に助けを求める事しか出来ない。
「血……あいつ…いっぱい血…吐いたんだ…」
「………」
「ずっと…咳が止まらなくて…っ…熱も…上がって、下がってを繰り返してて……飯も、ろくに食べてなくて…どんどん痩せ細っていって、るんだ…」
「…………」
これ以上、あいつが苦しむ姿は見たくない。
これ以上、無理に笑おうとするあいつを見たくない。
医者の胸に縋り付き、あいつの事を必死に伝えた。
こうしている間に、もしかしたらまたあいつは血を吐いてるかもしれねえ。もしかしたら、また平気だとか言って、畑に行き…倒れてるかもしれねえ。
「頼む……助けてくれ……人間なら…あいつと同じヒトなら…っ…あいつを助けてやってくれ…」
「………」
唇をぐっと噛み締めながら、必死で助けを求めた。
ボタリと大粒の涙が地面に落ちる。
その時、着物を掴んだ手に、医者の手が触れてゆっくりと体を離された。
「ごめんね。」
「……?」
聞こえてきた言葉が、心臓にのしかかる。
「今の話を聞く限りでは、もう僕に出来る事は何も無い。助けてあげたいけど、その人はもう長くない。」
「………」
「肺結核という病気は知ってる?咳に発熱……同じ様な症状が見られる患者がこの都にも居る。でも、吐血までしているとなると手の施しようが無い。」
「………な…」
何を言ってるんだ……もう長くない?……手の施しようがない?…なんでそんな嘘付くんだ………
「結核という病気自体、今の医療技術では治せない。それに、咳をした際そのしぶきの中に含まれる結核菌が空気中に漂い、健全な人にまでも感染する。その人と同じ場所に住んでいるなら、早くそこを離れた方がいい。君にいつ感染していてもおかしくない。」
「………」
医者は、安定した口調でそう続けた。
手がぶらんと滑り落ち、絶望が再び目の前に広がる。
「……頼む……助けてくれ…」
ああ。憎い……憎い……
「お願いだ……何でもする…何でもするから…」
遊ばれてる気分だ……希望を見せて、その希望を目の前で握り潰された気分だ…
神様も…人間も……そんなに俺で遊びたいのか……何度俺に絶望を与えれば気がすむんだ…
ギリリと歯を食いしばる。
「気休めにしかならないけど、咳止めの薬くらいは出すことは出来る。」
「⁉︎」
医者は少しため息を吐き、また懐に手を入れ小さな袋を俺に差し出して来た。
「水に溶かして飲ませなさい。あと、少しでも消化の良い食べ物を食べさせてあげなさい。」
「………」
「お代はいいよ。でも、無償で薬を提供するのは今回限りだ。君も、見切りを付けて早くその人から離れる覚悟をする事だよ。」
薬を受け取ると、医者はにこりと笑って去って行った。
拳を開くと、小さな紙包みが3つ。
「……薬…」
薬だ……
あいつは治らないと言った。
この薬も気休めにしかならないと言った。
でも、あいつの苦しみを少しでも取り除いてやれるなら俺はどんな小さな希望にだって縋る。縋ってやる。
「……っ…」
薬を握り締め、来た道を一目散に駆けて戻った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
17 / 47