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オレとおれ。その5
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蹴られたお腹が痛くて、その場で蹲っていると、その大きな声と共に誰かがおれの前に現れた。
力強い声で、おれを虐めていた奴らを怒鳴りながら、おれを背中に隠し、庇ってくれた。
「つっちー‼︎なんでこんな奴庇うんだよ‼︎」
つっちー……聞いた事ある呼び名だった。
クラスの中で、一際明るくて、元気で、人気者の男の子。
おれとは正反対で友達も多くて、いつもクラスの中心にいる、ほんとにおれとは正反対の男の子。
「弱い者いじめしちゃダメだろ‼︎」
「そいつが最初にケンカ売って来たんだぞ‼︎」
「えっ……そ、そうなのか?」
咄嗟につかれた嘘。
那央は急に焦り始めて、おれの方へと振り返った。
「おまえがケンカ売ったのか?」
「…………っ……」
してない。そんな事おれはしてない。
すぐに否定しようと顔を上げたけれど、那央の後ろからおれを睨み付けてくるいじめっ子達の視線が怖くて、下を向いてしまった。
「ほらな‼︎そいつが悪いだろ⁉︎」
「………ゔ、……っ…」
おれが喋れない事を良いことに、いじめっ子達はケタケタと笑い始めた。
「おい、ほんとにおまえが……」
違う、おれじゃない。おれは何もしていない。
何も悪い事してない。
「謝れよ口無し野郎‼︎俺たちに謝れ‼︎」
「そうだそうだ‼︎謝れ‼︎」
投げつけられる言葉が胸に刺さる。
起き上がって言い返す勇気すら、おれには無かった。
だけど、違う。おれは謝る様な事をした覚えはない。
「…や…っ…て……」
「…………」
ぎゅっと目を閉じると、涙が溢れてきた。
やってない。おれは何もやってない。
なのにどうしてこんな思いをしなくちゃいけないの?おれは、ただ……少しでもみんなと仲良くなりたいだけなのに、どうして上手く喋れないだけでこんな……
「お…れ……なにも…してない……」
「…………」
継ぎ接ぎで未熟な言葉を、誰が理解してくれたのだろう。今までだって、頑張って言葉にしてきたのに、誰も耳を傾けてはくれなかった。
お母さんが居なくなった今、誰がおれを受け入れてくれるのだろう。
そんな思いが溢れて止まらなかった。
「やって……なぃ……」
「……………」
地面についた拳を握り締めて、小さく呟いた言葉。
頭の上からは、いじめっ子達が嘲笑う声が降ってくる。そんな中呟いた言葉は、きっと誰にも届いてなかった。
「謝れっつってもよ、こいつ喋れねぇじゃん‼︎」
「あ、そっか、なら土下座だな‼︎」
「それ有り‼︎」
「……謝れよ」
きっと、誰も拾おうとしてくれなかった言葉。
「な、なんだよつっちー……謝れって…」
なのに、罵声の中で聞こえた「謝れ」の声は、おれに向けらたものでは無いと、その時怖いほど感じ取る事が出来た。
そっと顔を上げると、那央はまたおれを背中に隠し、いじめっ子達と向き合って立っていた。
「こいつ、何もしてないって言った」
「は……はぁ⁉︎」
「そいつが喋るわけねえだろ‼︎」
「なに俺たちのせいにしようとしてんだよ‼︎」
「嘘言ってんじゃねえぞ‼︎」
「嘘ついてんのはおまえ等だろ」
誰も……そう、聞こえていたとしても、きっと誰もおれの味方になんかなってはくれない。
「こいつは何もしてない。やってない。おまえ等が謝れ」
そう思っていたのに、おれが呟いた未熟な言葉を信じて、そう言い張っておれを守ってくれた。
逆にその状況が信じられなくて、ついびっくりしてしまっていた。
「っ……だとしても‼︎俺たちは悪くねえ‼︎」
「そうだよ‼︎つっちーもなにカッコつけてんだよ‼︎」
「ヒーロー振ってんじゃねえぞ‼︎」
「…っ、行こうぜ……」
「あ、こらっ‼︎」
立場が不利になったのか、いじめっ子達はパタパタと走って行ってしまった。
でも、まだおれの目の前に一人だけ……
「ごめんな‼︎おまえ悪く無いのに疑ったりして‼︎」
「……………」
おれの方に向いて、両手を顔の前に合わせ、何も悪い事してないのに那央はごめんと謝って来た。
本当に、何も悪い事してないのに。助けてくれたのに、悲しそうな顔をしながら、何度も那央は謝って来た。
「………ぅ、ん…」
不思議だった。お母さんも、おれに酷い事何もしてないのに謝ってくる事があったから、何故かその時、お母さんの事を思い出した。
「立てるか?あいつ等にどこ殴られた?」
「……………」
伸ばされた手を、恐る恐る掴んだ。
立ち上がると、那央はおれの体をペタペタと触ってきて、手の擦り傷を見つけると、ポケットから絆創膏を取り出し貼ってくれた。
ボロボロになったランドセルを拾ってくれて、教科書に付いた泥や砂を綺麗に払ってくれて、お昼はお弁当半分あげるとまで言ってくれた。
「ひどいことするよなーあいつ等…」
「……………」
「もしかして毎日こんな事されてるのか?」
「………………」
言わなくちゃ、
「ま、でもこれからはオレが守ってやるから安心しろよな‼︎」
「………っ……」
言わなくちゃいけない。
「ん?……どした?……」
胸がちくちく痛かった。
初めて口にする言葉だから、ちゃんと言いたいと思った。
「もしかしてどっか痛えのか⁉︎し、心臓が痛いのか⁉︎待ってろ‼︎痛いの消す魔法かけてやるから‼︎」
仲良くもないおれの事を、不気味で嫌われてるおれの事を、こんなにも心配して、普通の人として接してくれる人に、
「痛いの痛いの…っ……銀河の果てまで飛んでけーーーーーっ‼︎‼︎」
額に当てられた温かい手。
何度も何度もそう言っておれに魔法をかけて、「もう大丈夫だ」って笑いかけてくれる人に、言わなくちゃ。
「ま、まだどっか痛えのか?…」
「……っ……」
痛い。痛い………こんな痛みは知らない。
「あり……が……とぅ……」
「……‼︎」
胸の奥が熱くて、熱くて、嬉しくて、嬉しくて……
「あり、がとぅ………」
こんなにも温かい思いを、那央はくれた。
ひとりぼっちだったおれにとってそれが、どれほど救いだった事か。
「…へへっ、おう‼︎」
「……ズっ……ゔ…ぅ……」
誰かにありがとうと言ったのは、初めてだった。
那央はおれに初めてを沢山くれた存在だった。
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