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お気に入りの場所
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北側に広がる工場団地、南側のふもとに出来た住宅街。歩いて上るには遠すぎて、自転車やバイクには急すぎる坂道。
眼下に広がる景色は綺麗だが、その景色を見渡せる場所は少なく、高い山を登って来たからと言っても気の利いたものは極端に少ない。
昼間なら、無駄に広い駐車場と、様々なスポーツが出来る立派な施設で楽しめる。ごくまれだがプロスポーツの試合だってアーティストの野外ライブだって観られることもある。学校なんかの小さな大会ならわりかし使われているとの事だ。
しかし夜はどうだ。
バスは無い。学生にはさらに遠くなる。
駅前のスポーツジムに行けば、公共の乗り物もコンビニだって揃っていて活気も溢れ、企業努力の賜物の気の利いたサービスも抜群に良い。
…ただ少しばかり金がかかるだけだ。
俺が通うのは、山の上にあるスポーツ施設。いつだったか国体の為に造られた場所だ。
定時で上がる毎日。
事務仕事で頭は疲れても肉体的にはなまる一方。
煙草も酒も受け付けない俺の体を連れ出そうとはしない上司・先輩・同僚・後輩。別につるみたいわけじゃない。ただ、時間が余って困っているだけだ。
パチンコに興じるほど金はなく、テレビやネットを見て独り言をするのにはもう飽きた。
ジョギングしてみたら?同僚に言われて始めてみたが、続かなかった。
恋人にうつつを抜かす、のはやってみたが、何故だか早々に振られてしまった。今思えば、毎日一緒に居られたらうざいのも頷ける。今の俺なら1週間後にはフェードアウトだ。
定時上がりの空かない腹に栄養補助食を入れながら向かう先は、山の上にあるスポーツ施設の中のプールアリーナ。
丸形のジャグジーと更衣室の横にあるシャワーで俺の風呂の役割も果たすそこは、トレーニングルームのある施設とは別で、プールしかないからこそ利用者も少ない。が、プールしかないから1度入ってしまえば、泳ぐか水中歩行をするしかない場所だ。泳ぎ疲れて休憩する姿はあっても、長々と休憩をとるような人は皆無。
一回350円。回数券を買えば更にお得だ。月額ではないから万が一行けなくなったしてもロスは無い。
様子見で始めてみると思いの外に快適で、心地よい筋肉痛と疲労でよく眠れるようになった。おまけに、酷い肩凝りも改善されてきたようだ。
小学生の時に習ったっきりのクロールでしか泳げなかったが、滞在時間を延ばすためにタイムではなく距離にこだわるようにして、疲れやすいバタ足をやめた。腕だけで十分に泳げるようになると、他の利用者のフォームを真似てみることにしたりして、気が付けばすっかりプール通いにはまっていた。
そしてそれにはもうひとつ理由がある。
俺の名字は豊田。名前は、オリンピックの影響を受けまくった親父が勢いでつけてしまった日之丸と言う。豊田 日之丸。船で輸出される国産車の映像が目に浮かぶ、と自己紹介したあと必ず弄られる名前だ。
同じことを続けていると顔見知りとなる者が出来てくる。そんなとき、名前を呼ばれるのはごくごく自然な事なのだが、俺はあまり好きではない。名前弄りはもう飽きるほどされてきた。
プールの場合、泳いでさえいれば話は出来ない。人のフォームを真似て泳ぎはしても、教えて貰おうとまでは思っていないから自分から話しかけはしない。面倒な繋がりを持たなくて済むのも、プールにハマる理由だった。
スーツで更衣室に入る。返却式のコインロッカー前で脱ぎその場で着替える。初めのうちこそカーテン付きの更衣スペースを使っていたが、だんだん馬鹿らしくなってきて止めた。自慢出来る体ではないが、見られて困る体でもない。
キャップとゴーグルを水着に挟み込むと、洗顔してからシャワーを浴びた。そしてようやくプールへと向かう。
両端の水中歩行用コースを除いて泳ぐコースがあるが、真ん中のコースは、わりと本格的な泳ぎをする人が利用し俺みたいな奴は歩行用の隣のコースを使うのが、暗黙のルールだ。利用者が少ないからと使ってみたことがあったが、あとから来た人の速さに驚きそのコースから逃げたことがある。そんなちょっとした切ない思いはもうしたくない。意外と傷つくものだ。
「アイツ…今日もきてる」
真ん中のコースで泳ぐ男は、俺がこのプールに来はじめた日から見かける顔だ。ゴーグルとキャップでイマイチ顔は分からないが、時に見せるゴーグル下の目はややタレ目で可愛い。水着は俺と同じブーメランで、水泳選手と思わす上半身の持ち主だ。肌の白さは、俺の好み。
ただ、プールを出てから会うことも見かけることも無かった。
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