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落雷と共に
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ゆっくりと灰色の雲が集まりだして、昼飯を買いに外に出たときには生ぬるい風が吹いていた。
珈琲休憩に席をたち、窓の外を缶を握って見渡した。まだ降ってはいなかった。
そういえば今朝、雨が降るのは夜中からと気象予報士の平井さんが、色っぽい目付きでカメラ目線をくれていたなと思い出した。少し白髪が混じり始めた彼の目元は年齢と共に色気が混じって、最近は天気そっちのけで彼をみていたりする。俺の場合は、気象予報士は女性の方がいいのかもしれない。まぁ、そのお天気お姉さんに鼻の下伸ばして絡む男性MCを見るのも嫌いではないのだが。
定時で上がりプールに行くつもりだ。布面積という課題をクリアにしてからは初めて行く。俺自身は服装を気にするタイプではないが、彼はどう思うだろうか。テント対策だと気付いて陰で笑うだろうか。それとも、もうあのやり取りのことなんてスッカリ忘れてしまっているだろうか。
運転しながら栄養補助食を胃に流し込み、信号待ちで止まるごとについつい水着を入れた鞄に手を当てた。まるで勝負下着を着た女の気分だ。誰かに見られることを考えて買うなんて初めてだった。
会社から離れたこの山の上もまだ降ってはいない。昼間と比べれば、雲も厚く風も強い。プールから出る頃にはもしかしたら降っているかも知れない。
ジャケットを車に残し、靴をスニーカーに履き替えた。
「豊田さん、新調したんスね」
シャワーを浴びて出てくると監視員の一人がビート板を片付けながら声をかけてきた。いつもは黙ってプールを見つめている姿が男らしいが、話すと弟のように人懐っこくて感じの良い奴で。ただそんな奴だからこそ、長く話していると女の話に切り替わるから要注意だ。それさえなければ、体格も顔も肌質も…十分に美味しくいただける人材なのだが…。
「ブーメランはもう履かないんスか?」
「多分ね」
「そっかー。だとすると、あとは松田さんくらいしか履いてないのか。俺、個人的にはブーメラン好きスよ!仕事柄、履けないスけどね」
ビート板を整列させ立ち上がると彼は
「おっ。噂をすれば…っスね!」
彼が見つめる先には見覚えのあるタレ目の彼がキャップを被りながらプールに向かっていた。白い肌に肩幅の広い彼が、こちらを見た気がして少し意識してしまった。クソッ話なんてするんじゃなかった。
「まっ、豊田さんも泳いできて下さいス。俺もなんか向こうから睨まれてるみたいなんで」
ガラス張りの監視員室の中でもう一人の監視員が指で指示を出していた。
歩行用のコースに入り、足を動かす。慣れるまでは違和感があって仕方ない。布面積で言えば何十倍ま変わってしまったんだから。
でもすぐに気にならなくなった。
何本か歩きながら、空いているコースをチェックする。隣のコースに女性が背泳ぎをしているが、多分もうすぐ終わるはずだ。彼女は毎日来ているから、時間も距離数も決まっている。
スッと入り込むとゴーグルを付けて息を吸い込むと壁を蹴った。
調子がいい。実際水着を探しに行ってプールに来ていなかったから多少なまってるかと思っていたが、気持ちよい疲労感こそあるが休憩が短くて済んでいる。水着を変えて良かったのかもしれない。
ゴーグルの中に入り込んだ水を出す為に止まってみると、雷の音が聞こえていた。泳いでいて気付かなかったが、絶えず鳴り響いている。相当上空は荒れているようだ。
天井の一部がガラス張りのせいで、普段は夜空で真っ暗な天井も、今日ばかりは龍のような稲光を見せていた。
「綺麗なもんだな」
呑気に呟いていた。プールアリーナは他の屋内施設に比べ天井が高く、照明も明るい。この空間を随分と贅沢に感じている。なかなかプールで見られる景色ではない。
「お、また光った。ヤバイ綺麗じゃん」
台風でテンションが上がるガキのように、俺は響く雷鳴と天井から見える走る稲光に釘付けだった。
「キミさ。顔緩んでるぞ」
言われて自分の緩みきった顔に気がついた。何ガキみたいに口開けてんだろ、俺は。
顔を戻すと隣のコースにタレ目の彼が立っていた。松田、とか言ったっけ。
「ブーメラン、止めたの?」
「…まぁ、そういうことになるよな」
雷鳴は少しずつ大きく、稲光との感覚も狭くなってきている。バリバリバリッと裂かれるような音が続いている。二人して、おっ!と天井を見上げた。
「ブーメランパンツ。一人になっちまったら流石に恥ずかしくなるんだよな。…潮時かな」
「アンタ…松田さんが俺のテント指摘すっからだ」
「だって見えてんだもん。ご子息のご立派なお姿がさ」
松田さんは口の端をあげて笑った。ご丁寧に水面から反らせた拳も突き出して。
「そりゃどーも」
そんなデカく出てねぇよ、と心の中で舌打ちした。
「で、何で名前知ってんの?不公平」
「俺豊田。これで平等」
ピカッと光ったと思った瞬間、揺れたような雷鳴がビリビリと体を駆け抜けた。同時に煌々と照らされていた照明がカチッと言う音と共に消えた。
「落ちたかな、雷。」
「ですかね。って、照明無くても稲光でけっこう明るいのな」
「確かに」
「不思議な景色だなぁ。幻想的?とは違うのか」
皆がコースの両端で立ち止まり、天井を仰ぎ見ているようだった。
水中歩行の利用客は、俺が泳いでいる間に随分と減っていた。泳いでいる人間もコースに1人かいても2人。この広いプールの中に10人と居なかった。
稲光で闇にもならず、近くに非常灯があるらしく監視室には明かりがついている。
プールは波音をたてず、話し声もしていなかった。
「うっわ。マジでテンション上がるわ」
キャップを整え、ゴーグルをつけて、俺は壁を蹴って泳ぎ出していた。こんな滅多にない状況を楽しまない手はない。
泳ぎながら鳥肌が立っていた。快感にも似た気持ちが、体を動かしている。もしかしたら、2度とこんな機会はないかもしれない。天井を仰ぎ見続けるのも良いかもしれない。が、楽しくてじっとしていられない。泳ぎたくて仕方がない。
雷鳴が響き渡り稲光の灯りの中で、俺はただ1人泳いでいた。まるで貸切状態。
50m泳ぎ戻って見ると、松田さんも構えていた。
「確かにこれは勿体ないな。俺も泳ぐぞ豊田!」
「バタフライは止めてくださいよ」
「あぁ」
松田さんはその一言を告げるとスーッと泳いで言った。俺も追いかけるように、壁を蹴った。
なんだか小学生の時の気分だ。無性に楽しい!
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