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勝利
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トレーニングの締めはロープ。単なる縄跳びだが手首が硬い俺にとっては重要だった。三十秒普通に跳んで三十秒二重跳びと三重跳びを交互に飛ぶのを繰り返す。
田中の手が鳴った。
普通跳びから二重跳びに切り替える。
三十秒経過の合図だった。
「てかさあー、最近本庄くん間宮のこと見なくなったよね」
田中の言う通りだった。
あの一件以来、本庄の視線を感じない。
なんでだろーねー、田中が言う。そんなの知るか、と俺はあの時のことを思い出して眉をしかめた。
「飽きちゃったのかなー? あ、そういえば」
イライラする。
さっさと言えよ、と俺が見ると嫌な笑いを顔に浮かべた田中は言った。
「あん時さあー、間宮の、ぐふふ」
これ以上ないだろう、いやらしい笑い方だった。どうせ聞くに絶えないものだろう。
跳ぶのを止めて縄跳びで田中を打つ。
鞭よ、しなれ!
念じれば俺の縄跳びは鞭になった。
太ももを強かに打たれた田中は、打たれた箇所を押さえ逃げ惑う鶏のように飛び跳ねていた。
「あ、ぐぅっ、ひどっ! 見てよこれ、くっきり痕に残ってるぅ」
田中が言いながら制服のスラックスを下げた。その下の太ももはくっきりとミミズの這ったような痕をしていた。
滑稽なその姿に俺は少しだけ溜飲を下げた。
本庄の視線がなければトレーニングが捗る。煩わしく思うことなどなくなるからだ。
そう思っていた。なのに、あの日の本庄の行動を思い出しては苛立つのを繰り返す。
イライラはいけない。メンタルを安定させなければ。
しばらくは田中で遊ぶことにする。
田中はこういう時こそ役に立つべきだ。
試合まであと二日。
バンタム級で挑むなら56kg以下に落とさなきゃいけない。
あと二日で2kg落とす。
でも、
「あー、肉食いてぇ…」
ポツリと漏れた俺の不満が思った以上に響いた。
部室内から避難の声が上がったのは言うまでもないか。
「やぁ! やっぱり言ってみるもんなんだよねぇ」
うんうん。焼肉を食いながらバカみたいに1人頷いてるのは田中だ。今日一日で相当ハイになってる。
「みなさぁん、減量中に肉食いたいって言った英雄は間宮くんですよー! 肉のために全力を出し切って個人優勝までした間宮くんはこちらでぇす! 感謝して食べるように」
「 酷いぞ田中。団体戦だって準優勝しただろう」
「あ、そこの3位の人はB級の肉になりまーす! A級の肉はぼくと間宮くんだけですー」
「てめぇ、ふざけんなっ!田中は何もしてないだろー!」
浮かれきった田中に野次が飛ぶが、みんなやはり嬉しいのだろうテンションが高かった。
まさか決勝まで行くとは思ってなかったに違いない。
顧問に至っては先程から泣き通しで、隣に座る副顧問が迷惑そうにしていて少し同情した。
そんな俺だって田中の頭を撫でてやるくらいは機嫌が良かった。
「先生嬉し泣きですかー?」
と誰かが聞くと顧問は声を張り上げた。
「当たり前だ! 懐具合なんて気にしてるわけじゃないんだぞォ」
そう泣きながらヤケになったように肉を食べ始めた。
まぁ、そりゃあそうだよな。弱小だったんだから決勝なんて笑っちまうくらい遠かったんだ。まさかとタカをくくっていただろう。
肉食いてぇと呟いた言葉に、決勝まで行けたら奢ってやると言ったのは顧問だった。
気軽に言った言葉に部室が湧いた。減量中の高校生にその言葉は執念として刻まれたのだ。
吐くまで食ってやる。
そうして、弱小で知られるボクシング部は勝利を納めた。
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