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脱出
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side五條
遠くで鈍い音が鳴り響く。何の音だろうか、這いつくばったまま薄らと目を開ければ兵藤と敦がぶつかりあっていた。
地面に張り付くことしが出来ない自分がひどく情けなくて悔しさに唇を噛む。
ズキズキと痛む首を触れば、まだ体と頭が繋がってる事に安心する。体を起こそうと指先に力を入れても思うように動かない。募り続ける悔しさに目から一粒水が落ちた。
何でこんな事になってるんだっけ。俺は何でこんなに無力になってるんだっけ。
何で兵藤を巻き込んでるんだっけ。何で兵藤が敦と戦ってるんだっけ。
疑問ばかりで答えが出ない。誰か答えてくれ。
何でこんな惨めな思いをしなくちゃいけないんだ。
いつもなら男4人など叩きのめすのに1分もかからない。バットで殴りかかられようと鉄パイプや角材が降ってこようと俺には全部意味を成さない物だったのに。
いつも邪魔をして食ってかかってくる敦なんか片手で充分だ。数発殴れば俺が勝った。
なのに今はどうだ。一番見せたくない奴に醜態を晒している。強さを失ったという現実が何度も俺の頭を殴る。
痛くて痛くて防げない。
(くっそう)
呟きは喉でひっかかった。
「五條!!」
頭上で声がして顔をあげれば頬に痛々しい擦り傷を作った兵藤が俺の肩を掴んだ。目を見開けば遠くで痛みに悶えている敦が額を押えている。
勝ったのか?そう問う前に体を抱き上げられ、まるで米俵を担ぐようにして兵藤は俺に有無を言わせず走り出した。
「ッ、兵藤、?」
いくら俺がコイツより小さいからといって体格はそんなに大差ないはずなのに、軽々と持ち上げられたショックか羞恥かが心を抓る。
よくみると兵藤の体は自分と同じくらい傷ついていやがるのに、俺なんかを抱えて敦から逃げる。どこにそんな力が残ってたんだ。
敦は追いかけてこない。
俺は兵藤に護られたんだ。
その事実にキリキリと胸を締め付けられ、居てもたっても居られなくて兵藤の肩を軽く押した。
「降ろせ、」
「でも」
「自分で歩ける…」
納得した兵藤はゆっくりと俺の脚を地面につけた。まるで女か壊れ物を扱うかの様に。こんな扱いをされるのは生まれて初めてだ。
悔しいままに、肩で息をする兵藤の腕をとって自分の首へ回させた。少し戸惑った兵藤も同じように俺の腕を取ってお互い肩を組む。
いつの間にか日が暮れた暗い道を大通りに向かって並んで歩いた。お互いが倒れない様に支えながら。
「無理しやがって」
「お前も、な」
「…こんなはずじゃ、なかったのに」
何とかなると過信したせいで、兵藤を酷い目にあわせてしまった。結末は分かってたはずなのに顧みようとしなかった自分が一番馬鹿だ。悪いのは全部俺で、プライドなんか捨てて逃げればよかった。こいつを巻き込まない為にも。
「最初から、俺の言うとおり逃げればこんな事にはならなかった」
考えていたことをそのまま呟いたのは隣にいた兵藤で驚くより先に些か腹が立った。
しかし、正論なので言い返すことができねえ。
「そーだな」
ぶっきらぼうに答えたら、兵藤がクスリと息をこぼした。
「お前らしい」
そう言ってのけた横顔を見れば穏やかで何故か心臓がドキリと鳴いた。巻き込んだのにも関わらず嫌な顔一つしない。その優しさに甘えていた自分が情けない。
柔らかい笑みを浮かべたこの表情は、今まで見たことも無い顔だった。
真っ黒い瞳は一体どこを向いているのか分からなかったが、あたりは暗いのに今日はよく兵藤の表情が間近に見れるなぁ、た思えば不意に物足りなさを感じた。
「あれ?…お前」
いつもあるはずのものがない。
「眼鏡は?」
「ああ、さっき金髪に吹っ飛ばされた時に…どこかへ」
「いいのかよ」
「まあ、そんなに差し支えないから。…それと、鞄も置いてきてしまったな」
「あ」
「逃げるのに必死だったから…後で取りに来よう」
「えぇっ、でも」
「手当てが先だ」
また鉢合わせしてしまったら元も子も無い、と呟く兵藤の言葉に返事をしかけるが手当てという単語に俺は首を傾げた。
*
まるで稲妻のような頭突きを食らわせた男は脱兎の如く五條を抱きかかえると暗闇の奥へと去っていった。
まだ痛む額を押えながら金髪は「あいつ何者だよ」と一人ごちる。いつの間にかあたりに倒れていた長良田高の者たちは居ない。
残された金髪は不可解にも力を失ったオレンジ色の幼馴染の事を思い出し舌打ちをした。そしてオレンジを庇うように傍にいた灰色が一体誰なのか、弱くなった幼馴染とどういう関係があるのか試案に更ける。
(鬼みたいな奴から、五條を逃がす隙さえあればなッッ)
あの時ギラリと光った漆黒の瞳を思い浮かべれば腫れた傷が疼いた。
「人のこと鬼ってよー、アイツ五條の強さを知らないで言ったのか?」
返答をするものは居ない。乱れた己の金髪を掻き上げ帰路につこうとした時、道路の端にある物体が目に入る。
そこにあるのは黒と黄緑色のリュック。黄緑色は見覚えがある。紛れもなく五條の物だ。
——だとすると、黒い方はアイツのものか?
「急いでて忘れたとか、どれだけ焦ってたんだよ。間抜けなやつら」
これは丁度いいと、金髪は黒いリュックサックの前で合掌する。
「失礼しまーす」
一言詫びを入れ、さっさと目当ての物を探そうと背ポケットのチャックを開ける。手を入れればいとも簡単に望んでいたものが出てきた。
青い表紙の小さな生徒手帳。中を開けば1ページ目に顔写真と個人情報。
無表情でこちらを見つめる灰色の髪をした男の写真を眺めながら、金髪は満面の笑みを零す。
「兵藤直人、ねェ」
欲しかった情報が手に入った金髪は、長居は無用と元あった場所に手帳を戻しその場を後にした。
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