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狼
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side五條
「ぐあッ!」
弱そうな奴を、と思ってチョイスしたはずだったのに予想以上に上手くいかなかった。
奮闘虚しく地面に戻され冷たい鉄材がガランガランと側で鳴いた。腹の上に誰かの足が乗って、その衝撃に痛みと吐き気が全身を支配する。
「あららー本当に弱いっスねえ」
「こんだけ人数集めたのに無駄だったなァ」
「1人二発じゃ足んねえ?」
「っツ!」
恐怖がじわじわとせり上がってくる。40発以上も喰らってたまるか。もがいてどうにか腹部から足を落とそうとするが暴れる魚をまな板の上に乗せるぐらいの事にしか思ってないらしく、無駄な足掻きをやめた。
諦めたのを良いことに一発、二発と重い蹴りが身体に響く。このまま気が済むまでこいつらのサンドバッグになるなんてありえねえ。逃れようと足先や指先に力を入れてもただ小さく痙攣するだけでビクともしなかった。
もし生きて帰れたら、アイツになんて言い訳しよう。怒られるだろうか、呆れられるだろうか、もしかしたらまた、「一人にしない」とか言ってくれたりして。それは悪くねえ、なんて呑気な妄想が走馬灯のように巡り始めてた時。
どこからか断末魔が聞こえてきた。
その叫びにこの場にいる全員が声のした方を探す。俺を蹴る足が時を忘れたように止められ、何が起こったのか分からないまま徐に目を開けた。建物の薄暗い影の中、奥の方で一人の男が立っていた。暗すぎてシルエットしか分からない。
そいつは徐々に近づいてきて、漸く明るい場所へ出てきた。雪原に住まう狼の鬣の様なグレーの短髪をするりと靡かせ、手には紺色の長い棒のような物を持っている。
男はただならぬオーラを纏って静かに此方を見据え脚を止めた。そいつは、紛れもなく兵藤だった。
(やべえ、考えてたら本当に来ちまった)
「見張りは…!」
誰かが絞り出した質問の答えは全員、言わずもがな承知していた。先ほどの断末魔が正解だ。次に飛んだ「誰だてめえ!」という言葉は他の「あいつは!」の声に相殺された。
「あいつ、この前中島とやり合ったっていう…!」
周りが瞬く間にざわめく。ここいらじゃ敦の名前も随分知れ渡ってる。
立ち尽くし押し黙ったまま兵藤は俺の様子を伺っている。目が合った時、痛みを忘れて恥ずかしさがこみ上げてきた。次に嬉しさと情けなさが同時に胸を締める。またこいつに助けられるのか、と。今度は20人だぜ、兵藤。
「どうやって来た、ああ?」
「五條を離せ」
数人の不良が先陣を切って兵藤に近づいた。俺から視線を逸らし質問を一切無視して言い捨てる姿が非常にクールだった。
「テメェッ」
離すわけねェだろ、と1人が兵藤の肩を乱暴に押した。それでも怯まない。
「五條を離せ」
「馬鹿か、てめェもアイツと一緒に袋叩きだ!」
「なめてんじゃねーぞ!」
一斉に殴りかかった先陣達は秒殺で崩れ落ちた。俊敏に空を切った紺色の棒がバシンバシンと乾いた音を立てて不良達の顔面を一撃ずつ弾いたのだ。
アレは絶対痛い。
袋から出していないだけで、あの紺色の中身は多分竹刀だ。いつだったか、あいつが剣道を習っていたと言っていたのを思い出した。
息一つ乱していない兵藤は、その切っ先を残りの男達に向ける。固まっていた不良達だったが、各々辺りに落ちている鉄材や鉄棒を拾い兵藤に挑んでいく。
流れるように構えたあいつはこの場に似合わないが物凄く綺麗だった。
中島と戦っていた時の面影は無くて、恐怖も躊躇いも微塵も感じられず、静寂な怒りが竹刀に渡って刃となってる。目に見えて、兵藤は強くなった。それとも本来持っていた力なのか。
まるで時代劇を見ているような錯覚に俺は苦痛も忘れて身体を起こすと流れる刀裁きを目に焼き付けた。
ビュンと竹刀が下に降ろされた時にはこの場に立っているのは兵藤のみとなった。さっきまで偉そうに群れていた男達は金縛りに合ったかのように足下でもがいている。
突然、隠れていた男が鉄材を右手に後ろから兵藤に襲いかかった。しかしあいつは眉一つ動かさないで片手の一振りで鉄材を弾き飛ばすと、ガックリと膝をついた男の鼻先に刀袋の先端を突き付けた。
「こっちも遊びじゃないんだ」
ドスの効いた兵藤の声にああ…と男が切なく鳴いて後ろへ倒れた。普段からは想像できない濡れた鋭い漆黒の瞳に背筋が震える。
(カッケー……。)
喧嘩慣れしたヤンキー共も場数を踏んだ正統派には適わねえんだな。
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