アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
お見舞い
-
やっとの事で目的地へ辿り着いて事情を話したら、五條のお母さんは「大歓迎」と気前良く通してくれた。ここに来るのは二度目で、彼の部屋の扉をノックしてから開ければ、寝ていた五條はベッドの上から起き上がるとちょっと目を丸くして笑った。
「兵藤…」
「具合はどうだ?」
「おう、平気」
大分顔色が良くなっていて安心した。けれど黒いTシャツの袖からテーピングの跡が見えて、罪悪感が胸を締める。彼に守ってもらった代償は大きい。俺にとっても五條にとっても。
叔父さんの仮説を聴いたとき、不思議な感覚がした。彼にとっての当たり前は人並み以上の力が出せるという事。当たり前が覆される事がどれだけ不安になるのか分かった気でいたのに、本当に理解できたのはあの日があってからだった。
けれど、皮肉にも五條が弱くなったおかげで俺達は仲を深めることができた。でも力が失くならなければ彼は沢山傷つく事も俺のせいで気に病む事もなかったのだ。この二律背反が肩を叩いて離してくれない。
あの時の、五條の叫びはここ数日間ずっと頭の中で波紋を広げていた。
(——頼れよ!!)
彼の顔を見たら、また思い出してしまった。背反の中の一方的な想い。このまま彼の傍に居てもいいんだろうか。
固まりかけた俺を不審に思った五條は「兵藤?」と小さく名を呼んだ。慌てて頷くと少し笑って持っていた紙袋を前に差し出す。
「みんなからの見舞い、預かってきた」
「その紙袋の中、全部お菓子?」
「ああ」
「マジか…」
紙袋をミニテーブルの上に置いたら五條は顔をひきつらせた。そりゃあ驚くだろう。俺だってこんな量のプレゼントを貰うのは芸能人ぐらいだと思ってた。「まだあるぞ」と続いて鞄の中からも菓子を取り出す。
「これは水口さんと金井さんと中井さんから、これは谷川で、これは枷村…あと氷室と……」
「俺3日しか休んでないんだけど…」
「だよな。これは大野兄弟から…、誰か分かるよな…?」
あの2人から貰ったビスコとキャンディーを見せたら五條は少し面食らった。五條にヨロシク、と言っていたが3人に接点があるのか気になる。俺が知ってる範囲だと、五條が大野兄弟と話している所は見たことが無いのだが。
「ああ…会長だろ?同じ中学だったからなー…兄の方が恐ろしいくらい強ぇんだよな…」
「ああ…」
俺もあの強さに助けてもらったのだ。だとすると五條と大野兄弟の付き合いも長い。と思ったら少し羨ましかった。大野兄弟は俺よりも昔の五條を知っているから。
「その兄に、この前助けてもらったんだ…あの例の、」
「…そっか、敦と海彦になァ…」
「…二度と喧嘩するなって忠告された」
「そっか」
頷いて苦笑したら、五條も苦笑した。鞄から最後の一つのプレゼントを取り出す。
「これ、涼子さんから。クッキー」
「おお!」
一気にテンションの上がったらしい五條は、涼子さんのクッキーが食べてみたいとねだり始める。
「なァ」
「ん?」
「食べさせて」
「え」
「ほら俺、手が使えないからさー」
にしし、と笑う五條を見て思わず絶句する。確かにその通りだが、だったら普段の食事はどうしてるんだと聞きそうになった。でも元はと言えば俺のせいでこうなったのだ…一つぐらい冗談に乗らないと罰が当たるだろう。
仕方なくベッドに腰掛けて五條の隣に座り、袋から一枚クッキーを取り出す。丸い形の程よい焼き目のついたクッキーは香ばしいバニラの匂いがする。ほら、と口元へ差し出せば「あーん」と声と共にクッキーはサクサクという音を立てながら口内へ消えた。
「うめえ!」
と嬉しそうに笑いながら五條は唇に付いた粉を指先で拭いた。っておい、手が使えてるじゃないか。
「もう一枚」
「…………」
「ひょーどー」
笑いながら次を強請る五條がどこか憎たらしい。絶対わざとだな、と思いながらも我慢我慢…と言い聞かせ次のクッキーを取り出す。これはチョコレート味だ。
「あー」
「っ、コラッ指まで食うな」
唇の前に大人しく差し出してやったのに、彼はわざとらしく俺の指先をクッキーごとガブリと噛んだ。「ふぉめんふぉめん」とクッキーを頬張りながら笑う五條は全く詫びる気を見せない。
今のはセーフだったが、今度あの鋭い八重歯に本気で噛まれたらひとたまりもない。まるで危険な猛獣に餌付けをしている気分だ…。
「もう一枚」
「……っ!言った側から噛むなっ」
「んくくく」
完全に指を持って行かれる前に何が何でも最後にしよう。そう決意してクッキーを袋から取り出す。まだ眼前に持って行ってもいないのに、五條は待ちきれんと俺の手首を掴むと自ら顔を近づけてぱくりとクッキーを食べた。それも指ごと。
「なっ」
先程みたいに噛まれた感触は無くて、ただねっとりと柔らかい舌が指先を舐める。茫然自失状態から我に返った時には既に持っていたクッキーは無かった。「うめえ」と呟いた五條は思わせぶりに舌なめずりをして笑う。その赤い舌を見て、ゾクリと訳の分からない恐怖が背を撫でた。
あの時の、戦うあの背中は身が凍るほど格好良かったのに今はまったくあの面影が感じられない。甘えるような、それでいて挑発するような眼。
…なんて獣だ。なんて奴だ。一体、
「何なんだ…」
恥ずかしげもなくやってのけた五條の顔を凝視していたら、ワンテンポ遅れて「指を舐められた」という事実が俺自身の羞恥心を掻き立てる。一気に顔に血が上ったのを隠す為に俯いて五條の懐へクッキーを投げつけてやった。「うぉ」と袋を受け取った彼は指を舐めた事なんかさして気にもならない様子で話題を切り替えた。
「でさァ」
「……」
「おばさんからはクッキーで、枷村達もお菓子だろ。お前も何かねぇの?」
「…は?」
食べさせてやったのにこれ以上他に望むものがあるのか。思わず睨むと五條は全く怯まずにしたり顔で笑う。ああ、これが俗世間で言うどや顔か…。
「クッキーを食べさせてや「ん?」
全てを言い切る前に妨害されてしまう。舌打ちをしそうになるのを懸命に堪えて先程よりも声を荒げた。
「お見舞いを運んできてやっ「ん?」
人が無口下手なのをいい事に…。
俺は徐に立ち上がると床に置いてあった自分のリュックを掴んで元いた位置へ座る。五條に向き直ると、見えやすいように鞄の口を広げて中にあるノートを数冊掴んで引っ張り出した。
「三日分の授業内容だ」
「いやいやいやいやいやいや」
全身全霊で拒む五條の胸倉にこれでもかとぐいぐい押し付ける。これが俺からのお見舞いだ。この苦しみを身をもって味わうがいい。
「三日分の授業内容を書いたノー「いやいやいや」
「好きだろ?こういうの…」
「好きじゃないです」
「古典なんか8ページも…」
「ごめんなさい兵藤様ごめんなさい」
ようやく詫びた五條に鼻で笑ってやると彼は悔しそうにクッ、と口端を歪めた。俺は清々しい気分でノートを収めると「文字が書けるようになってからでいい」と少しばかり慰めた。下手にやらせて腕の傷を悪化させてはいけない。
五條を弄り返すのはそれからでも遅くはないと内心ほくそ笑みつつ彼の頭を撫でたら五條が飛びかかってきた。
「っわ」
押し倒されるがまま、ぼむ、と背中にベッドのスプリングが跳ねた。見上げれば五條の不満げな顔。
「何だよ飴と鞭か!?こうなったら意地でもお見舞い奪ってやるわッ」
不意に顔の距離が縮まったと思えば、額にチュッと濡れた感触。そこは中島に頭突きをして五條が打ったテニスボールが当たった場所だった。前言撤回だ。
手元にあったノートを掴み容赦なく五條の顔面に叩きつけた。
バシンッ!
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
36 / 50