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バレた
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朝、教室へ来たら前の席には既に五條が座っていた。俺よりも早く来るなんて、めずらしいこともあるもんだと思いながら五條に声を掛ける。「ああ」と低く返事をした彼は弄っていた携帯をパチンと閉じると俺の方へゆっくりと振り向いた。
「昨日、どこいってたんだ?」
鞄のファスナーを開けていた手を止めた。彼のその質問は俺が最も恐れていた内容だった。まさか、と五條の顔を見たら表情というものが感じられない。まさに無。瞬きをしているのか心配になる程その無表情に全身が固まった。
こんなに早く五條にバレてしまうとは…こうなれば隠すのも無駄な行為だ。俺は蛇に睨まれたようにぶるぶると怯えながら精一杯言葉を紡ぐ。
「…え、駅前のホテルの…ケーキバイキングに…」
「へえ誰と?」
「…茴香さんと、実桜ちゃんと、俺…と、」
「と?」
「…っ」
「あと一人いるんだろ?なァ兵藤くん」
ギロリと睨む瞳に怒りの色が見えた。ああ、怖いと恐怖がきゅっと首を絞める。
「な…中島…と」
「へええお前らいつのまにそんなに仲良くなったんだァ?ああん?…昨日の夜なぁ…酒に酔った姉貴が全部話してくれたわ。ぜぇんぶ、な」
この時ばかりは本当に茴香さんを恨んだ。語尾に近付くにつれてドスの聞いてくる声に肩が竦み、ギリギリと歯ぎしりをした五條は声を押し殺しつつも叫ぶ。
「言えよ!!」
「…っ、言ったら、怒られる…」
「ったり前だろォォがァァ」
ドンッと拳が机を叩いた音に思わず目を瞑った。
「あいつには近付くなって言ったのに…ッ」
「…き、聞きたい事があって、…」
「あァッ?そーかよ、聞きたい事は聞けたかァ?散々遊ばれたらしいじゃねぇーか…アイツにキスまでされてよくもッ」
「っち、違ッ、!あれは顎についたクリームをッ…」
「アイツに食べさせて貰った時にクリームがついちゃったので舐めとってもらいましたってかアァ?!」
「ッ…!」
反論できない。事実と言えば事実なのだから。顔の距離がぐっと縮まって視界には赤茶色の瞳がギラギラと怒りを灯して揺れている。謝ったら許してくれるのだろうか…。
「まだ他に何か隠してるんじゃねぇーだろうなァ?俺に関係することだったら、俺が首突っ込んでも文句ねェだろ?そーだろ」
堪え切れなくなって視線を鞄に逸らした。五條の勘は鋭い。頭の中で彼の隠蔽事情と中島の言葉が頭を掠めた。…話すべきなのだろうか。そう考えながらもう一度前を向いて唇を開きかけたその時。
「おーい、痴話喧嘩は外でやれぇ」
二人一緒にハッとなって声のする方を見たらいつの間にか教室に入ってきた教師が出席簿を片手に気だるげに俺達に仲裁する。それと同時に授業開始のチャイムが鳴って、五條は渋々教壇の方を向いた。
辺りを見回したら斜め前に居た枷村と目が合い、彼は何とも言えない表情をした後ヒュっと小さく口笛を鳴らして二ヤリと笑んだ。
しまった。
弁解するのに夢中で気付かなかったが、一体クラスのどれだけの人が俺達の会話の内容を聞いてしまったんだろう。やり切れない思いを胸にしまい教科書を広げる。そして前に座る五條の背中を見たら、不機嫌そうなオーラがじわじわと滲み出ていた。この様子だと今日一日中は低気圧だな…内心溜息をついて緩んでしまったネクタイを締め直した。
*
「帰ろ」
半ば投げやりに言った五條は目を合わせてくれなかった。俺は小さく返事をして立ち上がる。ふと、今日は軽音部の練習はいいのかと聞きそうになって口を噤んだ。危ない、五條の腕はまだ完治していなかったのだ。ようやく機嫌が落ち着いて来たのに危うく地雷原を踏む所だったと冷や汗を拭った。
下駄箱に向かって階段を降りていたら、五條がぼそっと尋ねてきた。
「お前ってさぁ…ピアスとかつけねぇの?」
ピアス、という単語を聞いて思わず右隣に居る彼の左耳を見た。そこには黒いダイヤの形の物と薄紫の石が付いた2つのピアスが飾られている。彼はオシャレに関心があるし似合うからいいのだろうが、俺はその逆だ。
「つけない…開けてないし」
「開けねぇの?」
「あけない」
装飾品には興味が無いというのが本音だ。何よりもピアスは一度開けたら手入れが面倒だと聞くし下手をすれば大変な事になる。別になくても困らないものじゃない。
もう一度五條の方を見たら今度はちゃんと目が合った。その顔にはついさっきまで感じていた不機嫌の色は写っていなくていつものけろっとした表情に戻っている。うーん訳が分からない。
「開けてやろうか?」
その言葉に俺は「え」と声を漏らして反射的に自分の右耳朶に触れる。
「いい」
「なんで?」
「似合わない」
「似合うよ」
「…」
「つーか、つけてるトコ見たい」
何でそんなにピアスに拘るんだろうなと思いながらそれでも勧めてくる五條を適当にあしらって先に階段を降り切った。後ろから彼の不満そうな声を背中に聞いた時、急に両腕を後ろに引っ張られた。
その反動で足が止まる。
今度は一体何だと振りかえったら自分の頭のすぐ後ろで五條の顔が見えた。「なー兵藤ー」と耳元に声が当ってくすぐったい。腕を掴まれたまま背中に彼の体温が当たる。そんな不意打ちにドキリと心臓が跳ねた。
「駄目?」
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