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嫉妬のピアス
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床に座って背後にあるベッドに凭れながら何でこうなったんだっけ、と冷静になって振りかえる。ピアスホールを開けたいと強請られるように説得されて、結局五條の部屋に連れてこられたのだ。
まあ、面倒になれば閉じてしまえばいいのだが、体の一部に穴をあけるのは少し抵抗がある。
カタン、と扉が開いて救急箱と保冷材を持った五條が入ってきた。彼の指示にしたがって左の耳朶をある程度冷やす。そして丁寧に消毒され、袋から取り出したピアッサーを片手に五條が唇から八重歯を覗かせて嬉しそうに笑みながらずい、と近付いてきた。
「どこ、開ける?」
「…まかせる」
ピアッサーの針がチクリと耳朶に当たる。彼の左手を肩に感じながら開いてしまうんだなあと他人事のように思いつつその時を待った。位置が決まったらしく「やるぞ」と合図がかかる。直後、緊張する間もなくピアッサーがガシャンと音を立てて閉じた。痛みが伴って針が通った個所からじわじわと広がるように耳朶が熱くなる。
慎重にピアッサーが下へ引かれて彼の指が貫通した場所に付いたピアスの先端を押してぐっと奥へ食い込ませる。恐る恐る耳朶の裏側を触ったら、爪先に留め金が当ってうわあ、と思ってしまった。
「ケアの仕方教えるけど分んなかったらホール完成するまで毎日ウチに来ていいから。つーか来い」
何とか頷いたら五條は机の引き出しから小さい袋を取り出し俺に差し出した。袋の中の紙には一つだけ見覚えのある黒いダイヤの形をしたピアスがはまっていた。彼の耳を見たら全く同じ物がつけられている。
「やるよ」
少し複雑な心境でそれを受け取る。お揃いの物をつけている所を他人に見られたら…特に五條を狙ってる女の子達に知れたら物凄く嫉妬されそうだ…。悩む俺を余所に消毒液や袋を片付けながら五條は小さく呟いた。
「俺も行きたかったなァ…」
その切なさを含んだ言葉に朝の彼の必死な表情を思い浮かべ少し笑みが零れてしまった。そうなら、可愛いもんじゃないか。
「俺もお前と行きたかったよ」
二ヤリと口角が上がるのを押えながら言ったら五條の顔がこちらを見下ろしてきていて、両肩を掴まれるとベッドの方へ押しやられた。そのまま後頭部にシーツが触れる。彼は俺に跨って徐々に体重を掛けてきた。咄嗟に床に手を付いて支えて何、と口にする前に先に五條が口を開く。真剣な眼差しに気圧される。
「お前と中島ってどーいう関係なワケ?」
何の脈絡もない質問に戸惑う。どういう関係って…友達?いや、それにも満たない。
「…し、知り合い?」
俺の答えに不満らしい五條は更に顔の距離を縮めてきた。肩に置かれた両手にじわりと熱が灯ってきて何故か鼓動が早まる。
「…お前、アイツに相当好かれてるわ」
「…、え」
「アイツ昔から気に入った奴にはちょっかい掛けて構い倒すくせに、嫌いな奴には目すら合わせねー失礼な性格してンだ」
思い当たる節がありすぎてどうしようかと怖くなった。というかその法則でいくなら五條に喧嘩をふっかけに行くあの行動は好意的な物なのかと考えてしまうが、余計な思考は中断された。
言葉を紡ぎながら五條の手先が俺の顎を捉える。彼の瞳は朝見たような怒りはまったく感じられない。鳶色の目には怖いくらい押し込まれた感情が揺れていて、俺の指を舐めたあの時の挑発するような、甘えるような瞳とよく似ている。
獣の牙のような彼の八重歯を思い出して背筋に悪寒が走った。ああ、これはもしかして物凄く危ない状況なんじゃないのか。唇の下を撫でる指先は怪しい。一体どこで地雷を踏んでしまったのか全力で記憶を遡るが何も思い当たらない。
「舐めらてんじゃねェよ…」
それは対人問題ではなくて実際的な問題。まるでどの部分を中島に舐められたのか探っているみたいだ。変なスイッチの入ってしまった五條に俺は宥めようと彼の体を押し返す。しかしビクともしなかった。
「ご…五條?」
「俺がいたら、お前に指一本触れさせなかったのに」
今の発言に一瞬だけ心臓が冷えた。そして一気に鼓動が駆け上がる。それはさっき言った彼の内容と俺の肯定との食い違いの差だった。一緒に行きたかったてそういう事も含まれてたのか?そんな事、もしかしなくても五條は俺の取りあいで妬いてるのか?まさか?ありえるのか?理解が追いつかなくて情けなくも五條の胸を押し返す掌が震えてしまった。
顎に手を添えられたまま横に向かされる。視界から彼の顔が外れ、右頬にシーツが当たる。距離が更に縮まって五條の鼻先が左頬に触れて暖かい吐息が肌を撫でた。突然の事に怯えて体を強張らせてしまう。
頬骨にかかる呼気が徐々に後ろに逸れて耳の方へ近づいてきた。ゼロ距離にはなっていないのに顔に熱が集まってきて恥ずかしさに心臓が早鐘を打つ。うるさい心音のせいで先程貫通したばかりのピアスからじくじくと痺れが起きた。
「っ、五條っ」
返答がなくて冗談だと思えない。どうしようと混乱する反面、何で触れないんだろうと思った。そして後から自粛する、そんなのまるで俺が触って欲しいみたいじゃないか。
はあ、と零れた生温かい息は下へと移動して首筋を這っていく。焦って熱を灯した肌は敏感に反応して何とも言えない擽ったさを拾い、舐めまわすような動きに堪え切れず感覚神経が震えた。やばい、これ以上は。
眩暈のする頭を叱咤して抵抗する力を込める。刹那、肌に唇がふっと触れた。柔らかくて濡れた感触が素肌を押し返す。体の中でじり、と何かが焦げた。
「やめろッ」
「っつ」
咄嗟に体を突き飛ばしたら自分でも驚くくらいに強く力が働いてしまい、五條は後ろへ倒れて尻もちをついた。解放されて息苦しかった肺に空気がいきなり注ぎ込まれて、息を荒げてしまう。前を見たら我に返ったらしい五條は少し俯きながら手の甲で己の唇を拭った。
「ごめん…ふざけすぎた、」
居た堪れなくなり、俺も「ごめん」と呟き返す。火照った体を知られたく無くて傍にあった鞄を引っ掴むと彼の方を見ないで告げた。
「帰る…」
一刻も早くこの場所から立ち去らなければならない。あの空気は本当にまずい。お互いに良くない空気だった。扉を開けて躊躇いなくそのまま部屋の外を出ると振りかえらないで戸を閉める。閉め切る直前、隙間からもう一度「ごめん」と重々しい声が聞こえた。
部屋の中とは違い、冷房のないぬるい温度に体が漸く落ち着きを取り戻す。五條に通してもらったピアスが小さく疼いた。
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