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殺意
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「本当のことを言って……」
昼食を食卓で、差し向かいでとっている時、弓弦さんは唐突に口を開いた。
「……君を殺そうとした」
僕はガタンと椅子を引いて立ち上がり、身構えた。
弓弦さんが僕を殺そうとした?
それでナイフを?
弓弦さんが変なことを言い出すのは、昨日や今日のことではなかった。
最初はそんなふうには、見えなかったし、出会った頃は、そうでもなかったのだが、僕の部屋に来るようになった頃には既に、時々、妙なことを言うようになっていた。
「殺すだって?」
僕の声は、恐怖に震えた。
弓弦さんが突然、妙なことを言い出すことはそれまでにもあって、弓弦さんにとっては妙でもないのかもしれないが、僕にとっては十分妙で、それが弓弦さんに変な神秘性を持たせていたのは事実だ。
つまり、そういう得体の知れなさも、僕にしてみれば歓迎、というほどではないけど、それで嫌になったりはしなかった。
にしても、自分を殺そうとしたと面と向かって言われて、平然としていられるほど僕は肝が据わっていない。
弓弦さんは神妙な面持ちのまま、両の目で僕を見据えた。
「大丈夫だよ、もう」
僕は身動きできなかった。
彼の顔は薄っすらと微笑んでいるようにさえ見えた。
「それで僕がこんなになってしまっては」
弓弦さんは包帯だらけの自分の左肩をあごで示して、馬鹿みたいに笑い出した。
気がふれたかのような高笑いが怖かった。
「可笑しくなんてないよ」
僕は、手に握りしめていたスプーンを置いて席を立った。
弓弦さんが立ち上がり近づく気配がした。
「馬鹿だなあ、なんで君が泣くんだ」
僕は、全然泣いてなんかいなかった。
恐怖に、血の気がひいて立ちくらみがするようで顔を覆っていただけだった。
泣くような状況じゃなかった。
「泣いてなんかないよ」
全然泣いてもいない僕を、泣いていると判断する彼の精神状態を危ぶんだ。
彼の注意は、今ここにいる僕に向いていないで、どこか彼方の、過去の自分自身へ向いていたのかもしれなかった。
「ふうん?」
弓弦さんが僕の顔を覗き込もうとしたので、僕は顔をあげて、彼を遠ざけるようにして言った。
「悪い冗談は、やめろよ」
だれだって恐れるはずだ。
そんな常軌を逸した言葉を、真顔で言われたら。
「僕を殺そうとしただなんて、そんな冗談」
「冗談でなかったらどうする」
弓弦さんの声が、低く地を這う。
僕はゆっくりと顔を弓弦さんの手元に向けた。
弓弦さんは手にナイフを……。
持っていなかった。
しかし、ついさっきまで、弓弦さんは右手にナイフを握っていた。
食卓で。
食べるために。
僕を、ではない。
切る対象は。
勿論、僕は食べられる対象でもない。
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