アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
1
-
高3の夏の終わり、野球部を引退してすぐの頃。どこの大学を目指してるのか、チームメイトだった崇君に思い切って訊いた。
3年間ずっとバッテリーを組んできた仲だし、相性も良かったし。大学でも一緒に野球をやれたらって、そう思って。
だけど、崇君はオレに首を振った。
「悪ぃけど、オレ、大学には行かねぇ。つか、行けねぇんだ。野球もやめっから」
「えっ……!?」
意味が分からなかった。
だって、崇君はオレと違って成績もいいし、おうちだって羽振りがいいし、何より野球が大好きなの、オレ、知ってる。なのに大学に行けない? 野球もやめるって?
「何で?」
理由を訊くと、崇君はちょっと眉を寄せて、寂しそうに言った。
「お前にゃ分かんねーよ」
その答えを聞いた瞬間、胸の奥がズキンと痛んだ。
突き放された。オレには崇君が必要だけど、彼にはオレはいらないんだ――直感的に、そう悟った。
何か事情があるにしても、それをオレに……分からせるのが面倒、説明するのも面倒なんだなって。そんな風に思われてるの、悟らざるを得なかった。
「言ってくれなきゃ、分かんないよ! どうして相談してくれないの?」
悔しくて、泣きそうになりながら文句を言うと、崇君は……ますます寂しそうな顔をして、ふっと笑った。
そして、オレの肩をガッと抱き寄せて、耳元で言ったんだ。
「18歳で吸血鬼になっちまうからだよ、ったら、信じるか?」
「き……っ」
吸血鬼、と言いかけて、絶句する。……そんな話、信じられる訳なかった。
信じられないまま秋が過ぎ、冬が来て12月になった。
夏のあの日、大学行かないとかオレに言ったくせに、崇君はちゃんと補講も受けて、受験組の仲間入りをしてた。
ウソだったのか、やっぱり気が変わったのか、よく分からない。腹が立ったし、ちょっと悔しいなって思ったけど、オレからはもう何も言わなかった。
オレの進学先は、推薦でもう決まっちゃったし。彼がオレと同じとこを選んででもくれない限り、同じ大学には行けない。そして、崇君にその気がないんだろうってコトは、言われなくても分かってた。
もう、諦めた。
彼と再びバッテリーを組むことはないんだ。その現実を、受け入れるしかできなかった。
その崇君に声を掛けられたのは、彼の誕生日を間近に控えた金曜日。2学期の期末試験の最終日のコトだった。
受験は終わったけど、やっぱりさすがに赤点取る訳にもいかないから、オレもある程度は頑張った。
去年の期末は、野球部のメンバーと勉強会開いたな、と、懐かしく思い出す。
受験組の人達は、残ってテストの考察をしてたみたいだけど、オレはそういう気力もなくて。ふらふらと1人、自転車置き場に向かった。
そこで――呼び止められたんだ。
「橋野、明日予定ある?」
崇君に話しかけられるなんて、あの夏の日以来のことだったから、びっくりした。
「えっ? ない……けど」
戸惑いながら返事すると、「オレんち来ねぇ?」って。
「キミの家?」
そう言われて考えてみると、日曜日は崇君の誕生日だ。
去年も一昨年もそう言えば、期末テストの打ち上げを兼ねて、野球部のみんなで集まったっけ。
崇君の家が大きいからって、料理やドリンク持ち寄りで……オバさんがケーキ焼いてくれてたりして、楽しく過ごしたの思い出す。
じゃあ、明日久々に、野球部のみんなで集まるのかな? オレはそう思って、大声で即答した。
「行く!」
すると崇君は、何でかほっとしたように、口元を緩めた。
「ムリならいーけどさ、明日来て、できたら泊まってかねー?」
その提案にも、オレは素直にうなずいた。
だって、相手はオレのよく知ってる崇君で、3年間バッテリーを組んだ相棒だ。明後日はその彼の誕生日だし、お祝いしたい。
それにオレ以外の、野球部の皆も一緒なんだと思ってた。引退して以来、ちょっと疎遠だったし、みんなと騒げるのは楽しみだった。
けど。崇君が家に呼んだのは、オレひとりだけだった。
指定された土曜日の夕方、差し入れの2リットルジュース3本を持って、オレは崇君ちの呼び鈴を押した。
空も空気も、オレンジ色に染まってた。
コウモリがジグザグに飛んでいた。
そしてオレは気付かなかった。自転車が1台も無いってこと。家の中に、人の気配が無いってこと……。気付いたら、引き返したかな? いや、やっぱり呼び鈴を押したと思う。
ピンポーン。
待ち構えてたように、すぐに扉を開けてくれた崇君は、オレの顔を見て「来たな」と笑った。
「ようこそ、橋野」
大きく扉を開け、オレを嬉しそうに招き入れてくれた崇君。
「お邪魔しまーす」
あいさつし、靴を脱いで上がっても、玄関に他に靴がないのに気付かなかった。
家の中がしーんとしてることにも気付かない。
オレの持って来たペットボトルを、「サンキュー」って受け取って、崇君は代わりにオレに、コップの乗ったお盆を持たせた。
「悪ぃけど、2階のオレの部屋に運んどいて」
「えっ? うん……分かった」
去年も一昨年も、パーティやったのは1階の和室だったんだけど……まあ、彼が2階だって言うなら仕方ない。オレは素直にうなずいて、階段を上がり、2階の彼の部屋に入った。
そこには小さな座卓が置かれてて、ホールケーキとお寿司と唐揚げと、野菜スティックと……とにかく、色んな料理が用意されてた。
空いてるスペースにコップを置いて、そこでようやく気付いたんだ。コップ……2つしかないぞって。
えっ、と思って見たら、座卓に用意されてる取り皿も、割り箸もフォークも2つずつだ。
間もなく、トントンと階段を上がる足音がして、崇君が部屋に入って来た。オレの持って来たジュースを1本と、それから麦茶のビンを抱えてる。
「あの……みんなは……?」
崇君はオレの隣にドサッと座り、オレの顔をじっと見ながら質問に答えた。
「みんなって?」
みんなって、って。野球部のみんなに決まってる。
ああ、でもそういえば、昨日崇君、みんなも来るとは言ってなかった。オレのカンチガイ? 誘われた時に「誰が来るの?」って訊いとけばよかった?
しーんと鎮まった広い家に、他の家族の気配もない。
「お家の人は……?」
すると崇君は、オレから目を逸らさずに言った。
「いねぇよ」
「いない……?」
オレ以外の誰も来なくて、お家の人もいないなら……2人っきり、ってコトなのか?
何でかな、背筋に冷たいものが走った。喉がカラカラになった気がして、わずかな唾液を飲み下す。
別にこの状況、大しておかしくないよねって、頭ではそう思う。
家族が留守の中、ひとりで誕生日を迎える友達の家に、お呼ばれして。お祝いしてごちそう食べて、お泊りするって。普通だよ、ね?
崇君が、オレを見つめたままニヤッと笑った。
「さあ、食おうぜ」
真西を向いた部屋の窓から、ねっとりと赤い夕陽が差し込んでいた。
そして……間もなく。部屋は夕闇に包まれた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 6