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十
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すぐさまフイッと目線を外す。
焦った。それはもう。
ばくばくと心臓を鳴らしている中俺の口は何故か勝手に動いたのだ。
「………お、俺の事………知って、るの?」
え?みたいな顔をしながら川崎君は変な声をだした。
やっぱり俺から話しかけるのはあれだったのか…。
「知ってるよ、同じクラスだろ?」
「うん…」
きっと川崎君は俺の事顔しか認識してなかったと思う……でも顔すら認識されてるのは奇跡なのかな。名前だってきっと…誰かから聞いたんだろ、とか。
なんかよく分からないけど落ち込んでる自分がいてハッとした……。
いやいやいや、こうやって川崎君が話しかけてきてくれるだけでも俺にとっては凄いことなんだから…。それ以上に求めてる自分に引いたし、なんでそんな事を思ってしまったかも謎だった。
でも、
「名前しか知らないから…だから話そうと思ったんだって」
そうやって川崎君に言われて胸の奥がフワって暖かくなった。
どうしよう、素直に嬉しい。
それからだった、甘い香りが漂って来たのは。
川崎君はラテを飲む姿ですら様になる。濃い紫の様な赤の様な艶のある髪の毛は照明や外の光に反射して輝いている。ワックスで軽く遊ばせていてとても似合っている。
俺なんでこんなに観察してるんだろ、気持ち悪い……。
「いつも本読んでんの?」
また川崎君から話してくれた。
「うん……」
「へー、すげぇな。本読むの好きなの?」
「うん……好き」
「……おー」
本は好きだ。うん、好き。
この川崎君の質問には偽りなく答えられる。
稜線の雫。川崎君は難しそうって。
そうだよね、興味ない本の話されても面白くない…よね…。
それでも川崎君はどんな内容なの?って質問してくれる。優しい…。
でも本当にびっくりした。
だってさ、
「変な縞模様の猫、ゼブラ柄……って言ってもそんなん本当にいるわけないって思うっしょ?でもさ俺2回も見てー、こないだは公園で見てさ、なんかブランコの上乗っててさー、何してんだろって」
そのまんまだ。何言ってるか最初分かんないっていうか、川崎君はこの本の内容を知ってるんじゃないかと疑った。
「すごいっ!」
俺は思わず立ち上がってしまった。
何やってんの…俺…。
川崎君はもちろん驚いている。
「え、あの…ご、ごめん…」
急にカアッと羞恥心に襲われる。顔が熱くなる。でも、それでも川崎君の言ってたことが本当なら、
「信じるよ、俺……その猫信じる」
ぽかんとした顔もかっこいいんだね、川崎君は……。
「ごめん…急に…」
「なんで謝んの」
突発的な俺の行動も発言も変に思わず受け入れてくれる、そう思ってしまった。
「俺この本、大好きで……何回も読んじゃうんだ………それで、あの…その猫……本当にいるんだって思ったら、嬉しくて……川崎君が羨ましいなぁって…」
大好きな本の大好きな情景を共有できるなんて、本当にそんな世界があるんだって。考えが馬鹿げてるかもしれないけどその不思議な出来事にも嬉しさしか込み上げないのはこの高揚感に包まれている今だからであろう。
あと俺は……凄いこと言ってしまった……。
初めて川崎君の名前(苗字だけど)を口にしてしまった。
俺が川崎君の名前を呼ぶのよくなかっただろうか…川崎君が口を開けて固まっている。
すると川崎君のスマホが鳴り出す。
相手は…誰だろ…。名前で呼んでるけど……。
「わりぃ、田端…俺そろそろ出るけど」
「あ、うん…」
「ごめんな、急に……邪魔したわ!これ、俺とお前の置いとくから」
「え?!」
「いーから!じゃあまた学校でな!」
川崎君は急に荷物を持つと財布から千円札を一枚出し、テーブルに置いて足早に店を出て行ってしまった。
俺が反応する間も無く席を離れてしまったからどうする事も出来なかった。
どうしよう……奢ってもらっちゃった……。
じゃあまた学校で……って。
人気者と自分との差をまじまじと見せ付けられた気がした……
それでも嫌な感じはしなくてただただかっこいいなぁって…憧れの眼差しを窓の外で改札に向かって走っていく姿が見える……川崎君に向けた。
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