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眠れる森(5)
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「ここ、初めて入ったよ」
そう言って葵は書棚に手を伸ばす。
古びた本を手に取り、ふふっと笑った。
「ね、千早、これ、箪笥の匂いがするよ」
千早は葵の首元に唇を寄せ、
「ほんとうだ」
と、言う。
「甘い匂いだ」
「もう」
葵はひらりと千早をかわし、本を書棚に戻した。
「ちがうってば」
「………箪笥の匂いは好きじゃないよ」
目を細めて葵は笑う。
「そう?僕は好き。たしかに良いにおいじゃないけど、なんだか安心するもの」
しかしふっと真剣な顔をして、こう付け足した。
「ね、千早、何かあったの?」
きゅっと寄った薄い眉に千早は驚きを隠すことができない。
…そうだ、自分は、葵のこういうところが好きなのだと、そう思う。
葵はぽやんと甘い顔をしていると思えば、その腕の中にはしっかりとナイフを握っている。資料室に連れ込んだのは周りに聞かれると困ることがあるからだ。伝えてもいいのかと迷っている千早の思いを、葵はいつだって敏感に感じ取る。
「…こっち、きて」
小さな手を引き、部屋の隅、書棚の最奥へと向かう。部屋には誰もいないと分かってはいるが、この話題に関しては、窮屈な場所で密かに語る必要を感じたのだ。
書棚と書棚に挟まれた壁に取り付けられた、全身鏡に2人がうつる。千早は鏡と自身の間に葵を閉じ込め、その唇を奪った。
唇を軽く触れあわせたまま、内緒話をするようにそっと囁く。
「新しい現代文の教師、分かるよね?」
葵もまた、そっと頷く。
現代文の授業は1、2年と同じ教師が受け持っていたが、2年次の終わりにその教師が定年を迎え退職した為、今年度から新しい教師に変わったのだ。
まだ若い、壮年の男性教師だ。まだ授業回数が浅いため葵はよくその男のパーソナリティを掴めていなかったが、その甘い顔と声から密かに人気を集めていることは知っていた。
「アイツ、俺と同じだよ」
「…え?」
男性教師と千早の共通点。
あるとするならば、それは―・・・?
傾げられた首に、肩口に、千早はゆっくりと顔を埋める。
「こういうこと」
そう言って千早は、甘い果実に歯を突き刺した。
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