アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
傷だらけのラブソング
-
◆
祥さんと出会ったのは高校一年の時だった。祥さんはまだ新人で、あの和泉怜の下で働いてる凄いアシスタントが居ると、こっちの世界では少し有名だった。
有名になった理由は、きっとそれだけじゃないだろうけど。
噂に混じって必ず聞くのは「美人」だとか「男と寝て仕事を貰ってきた」だとか。和泉怜と働いているのも、そういう意味を含めて可愛がって貰っているからだとか。
どうしようもない、下衆な噂。
しかし、そんな噂だとしても馬鹿馬鹿しいと無視すること無く、鵜呑みにする輩も居れば、それに乗じて調子に乗る人もいる。汚い世界だから言ってしまえばそんな事、大して珍しい事でもなかった。
僕と同期の女優やモデルだって、どれだけ汚い接待をしているのか。そんな事考えるだけで無駄だ。
そんなある日、祥さんとの出会いは突然に訪れた。
噂では聞いたことがあるけど、直接会ったことは無い。噂ばかりで形付いた祥さんの姿は出会った瞬間塗り替えられていく。
ハラハラと、硬く汚い泥の中からまるでキラキラ輝く宝石が現れたかのような衝撃を受けた。
「助けてくれて、ありがとう。 恥ずかしい所見せちゃったね、えーっと……名前は」
「紺藤、結葵です」
「結葵君。 いい名前だね、漢字はどう書くの?」
「結ぶ、葵」
「へ〜! 一度聞いたら綺麗で忘れない名前だ。 ありきたりな俺の名前とは全然違うや!」
ころころ表情を変えて話す姿に目が釘付けになった。
こんなに清純そうな人が体を売って仕事をしているだなんて、腑抜けた事を言う輩が居るんだな。阿呆らしい。
そんな不思議なざわめきを覚えてしまうほど。祥さんは「綺麗」という言葉がぴったりな人だった。
たまたま、目の前で無理矢理にどこかへ連れ込まれそうになっていたから助けただけ。それ以上の意味も理由も無かったけれど、花が咲くような笑顔を見た時、初めて誰かに何かをした事に意味を感じた。手を貸して良かったと心底思った。
この笑った顔が見れるなら、いくらでも助けたいとまで思った。それほどに祥さんの笑顔は儚く華やかなもので、僕の中にとんでもない衝撃を与えたんだ。
「結葵君は、将来はやっぱり大物俳優になるのかなぁ〜? そしたら俺、自慢しちゃおー!」
「ふふっ、何ですかそれ。 でもどうですかね? このまま続けるか分からないです。 それより、祥さんは確かヘアメイクですよね」
「続けないの?! 勿体無いなぁ……、えと、なんだっけ俺? あー、うん、そうだねぇ。 今となっては難しい話だけど」
「難しい? どうして、このまま怜さんの元で働けば一流のヘアメイクになれるでしょう?」
「いやぁ、それは分からないよ。 狭き門だしね、ライバルは沢山居るから」
あ、何かを隠した。
それが理由じゃないんだろうってことは分かっていた。触れられたくないのかと思ってそれからは将来の話をしても二度と聞くことはしなかった。
祥さんと仲良くなって一年。その他にも沢山の事を知った。
良く、祥さんは一人物思いに耽ける。
ふとした瞬間にどこか遠くを見て、切なそうに顔を顰める。それは必ず綺麗な夕焼けを見た時や、花が風に舞い青空を彩った時。綺麗な景色や、美しいものを見た時に、どこか遠い目をして一人立ち止まる。
それから、携帯のカメラで景色を写すとほんの少し微笑んで、何やら操作した後にピタリと動きを止め俯いてしまう。
誰かにメールを送ろうとしたんだろうか?
ポチポチと何かを打っていたけど、ホームボタンを押して全てを無かったように消しては、ポケットへ携帯を締まっていた。
こっちの気候では珍しく雪が降り、街を白く染めた日なんかは見ているこっちが苦しくなるほど酷いものだった。
今にも泣き出してしまうんじゃないかと不安になる笑顔を浮かべて、弱々しく笑う。
それから必ず「もう大丈夫」と答えるんだ。
凛としていた背中が、風に吹かれたらどこかへ飛んでいってしまうんではと思うほどに儚かった。
「体調悪そうですね。 休んだらどうですか?」
「ううん、もう大丈夫だから」
もう大丈夫って、おかしな返事だ。
それともやっぱり体調が悪かったんだろうか。
だったら尚更、休むべきだと伝えれば「体調は悪くないよ! ほら見て、ピンピンしてるでしょ」って言うものだから、初めは無理しているんだと思った。
だから、そこまでして平気な振りをするのだから大人としての威厳もあるのだと、無理して踏み込むのも良くないと身を引いて見守って居たけど、関わる時間が経つにつれてそれは癖のような物なんだと気づいた。
「祥さんって、もう大丈夫って必ず言いますよね」
「へ……?」
「大丈夫、とか、平気だ、とかじゃなくて。 ──もう、ってまるで昔の何かから必死に立ち直ろうと躍起になってるみたいに大丈夫って言いますよね」
「そんな事、ないと思うけどなぁ」
「……そうですか。 でも、僕で良かったら話してくださいね。 年下の僕が出来ることなんて限られていますけど」
「あははっ、結葵君は充分沢山の事をしてくれてるよ。 ありがとう、これからも仲良くしてね」
仲良く、かぁ。
人と仲良くなるなんて久しぶり過ぎて少しムズ痒さを覚える。
あの日、幼馴染みを突き放してから深い人間関係を築こう等と思う相手なんて一人も居なかった。逃げるようにこちらの世界にやって来て、要望通り演じて居たらいつの間にか、世間で有名若手俳優と謳われる様にまでなっていた。
それだっていつまで続くか分からない。
入れ替えの激しい世界なんだからずっと続くだなんて微塵も思っていないし、高校を卒業すれば大学に進むつもりだ。
この世界は、あんまりにも汚すぎて、それを隠すことさえしないからたまに疲れてしまう。だからそれでいいと思っていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
426 / 507