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小さな背中
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翌日、緊張の中スタートした教育実習にドキドキとしていると職員室の前に彼を見つけた
何やら怒られているのか
つまらなそうな顔をして先生の話を聞いていたけど、その黒く真っ直ぐな目はちゃんと先生の瞳を見つめていた
やっぱりいい子なんだなあの子は
その姿を見てふわりと心がくすぐったくなる
教育実習のあいだに一度くらいは話せるだろうか?
もし話せたなら公園での事を話してみたいな
そう思い期待していたが、
私の前に彼は現れることはなかった
いつも保健室の近くにキラキラとした金色の髪が見えていたのは知っていたけど、遠くから眺めているだけで話しかけに来ることはなくて
その代わり、放課後になり少しして
部活動の色んな音が混じり合う中たまにピアノの音が校内に響いていた
とても綺麗な音に驚く私に
近くにいた先生が教えてくれる
『このピアノね、あの問題児の一人の月乃君が弾いてるんだよ』
信じられないでしょ?と付け足して、
決して馬鹿にした意味ではなく愛情を含んだ意地悪な顔をして先生が教えてくれた
職員室にまで届く優しいピアノの音は
ひっそりと教員達の中では癒しの時間になっていたらしく
きっと本人にいえば突っぱねやすい時期もあるだろうしと教員の皆は合わせなくとも月乃君にその事を言う事はしなかった
兄妹思いで、かっこよくて、照れ屋さんで、少しだけ表現の仕方がズレてしまったけどでも真っ直ぐな目をしていて
それにあの可愛い襟足と綺麗なピアノを弾ける月乃君に私は益々惹かれていた
一度でいいから直接ちゃんと話してみたいなぁ
しかし結局私も教育実習という短いあいだにやらなければならないことが沢山あり気づけば三週間の時間はあっという間に過ぎいく
結局一言も話せなかった……
それだけが心に残ったままお世話になった優しい教員の皆さんに挨拶をして荷物を持ち学校を後にする
学校で話しかけられなかったから
公園で話しかけてみようかな?
でもそれは少し迷惑だろうか?
多感な時期にプライベートの時間まで先生や大人というものに関わられるのは苦痛かな?
そう考えるとやっぱり学校で話すべきだったと肩を落とす
トボトボと歩き、彼と初めて目を合わせたあの公園の前の交差点を渡りきった時誰かに名前を呼ばれた
まだ声変わりの途中なのか
高くもなく低くもない思春期特有のその声にキョロキョロと辺りを見回す
そして振り返った後ろには今まさに後悔していた張本人である月乃君が息を切らし肩で息をして立っていた
ポカーンとする私に彼が走り出そうとするが
ちょうど青信号の点滅が赤へと変わる
それを見た月乃君はあの日と同じしっかりと立ち止ると、車も通らない反対側の道路から大きな透き通った声で叫んだ
――好きだ、と
サンサンと照りつく太陽の中私は何か夢でも見てるのかと思った
だけどまた大きな口をあけて大きな声で夢じゃないと知らしめるように月乃君が告白をする
真っ赤な顔をして、
真っ直ぐな目をして、
そしてストレートに裏表のない綺麗な言葉で
その眼差しと大人になりきらない
飾り気のない純真な告白にバクバクと心臓が高鳴る
告白をされるのはこんなにも恥ずかしいのか
私でこんなに緊張するなら
目の前の月乃君は一体どれだけ緊張しているんだろう
また、うなじ迄真っ赤なのかな
そう思うと目の前の彼が愛しくて可愛くて堪らなかった
そして彼は笑いからかう私に
「……絶対迎えに行くからな!!!」
と残すと背中を向けて駆け出した
たったこれだけだった
もしかしたら明日には他に好きな子が出来ているかもしれない
こんな一瞬のことで本当に待って見るなんて馬鹿だと笑われてしまうかもしれない
だけど月乃君の真っ直ぐな目に私は本当に心がギュッと揺れ動く
本当に彼がいつか迎えに来る気がしてそんな小さな約束に少し期待をしてしまった
歳も離れている、性別も同じ、出会ったのはたったのあの瞬間だけ
彼が私を好きだなんて儚いものだと思った
女の子に恋する日は絶対に来るだろうし
私だってそのうち彼を忘れてしまうかもしれない
だけど心のどこかでいつもあの時の、
顔を真っ赤にしては真っ直ぐな言葉をぶつけてくれる月乃君が思い浮かんだ
教育実習が終わってから、
あの公園に何度通っても残念な事に月乃君に会うことはなかった
小さな二人の兄妹も公園に訪れることはなくて
私の中でもだんだんと月乃君の影が薄れていく
それでもふとした時彼はどうなっただろうか
今はどんな青年へと成長をしているのか
そう思うことが度々あった
時間が経ち薄れても
あの日のことだけは全く薄れる事がなかった
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