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13日目
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ぴーんぽーん、と、普段滅多に鳴らない家のインターホンが鳴る。今日、僕は仕事が休みで、一日家でレコードでも聴きながらまったりしようと思ってたんだけど、だいたい想像はつくけど、誰かな。
「はい。…って、幸か。」
やっぱりね。僕の家知ってる人なんて幸や店長ぐらいしかいないんだもん、宅配便以外でアポなし訪問なんてしてくんのはこいつぐらい。幸は伊達眼鏡に帽子を深めに被って、ぼーっと立っていた。ねえ、デカイ。お前デカイよ。
「なに」
「おーなーかーがー、すいちゃったー」
「うん、そう。僕の家にはなんにもないよ」
「アップルパイたべに連れてってー?」
伊達眼鏡なんかしても隠しきれないその綺麗な顔で言われたら断れるわけもない。でも僕、今日はあそこに行きたくなかったんだけど…まぁ、仕方ないよねぇ。
「中入って五分まって。服着替える」
「なんか今日髪の毛まっすぐだねー」
相変わらず話が噛み合わない。いつものことだから適当に返事をして服を着替える。髪の毛真っ直ぐってなに?今日は一日家にいるつもりだったから結んでないだけだよ。
適当に服を着替えて財布とタバコをポケットに押し込むと、幸はソファでぐでん、と座りながら煙草を吸っていた。そんなだるそうな仕草なのに色気があるなんてなんなの、どんだけお前はモデルなの。
「ラッキーストライクってさ、麦茶の味するよな」
「俺のこと馬鹿にしてるー?」
「してる。行かないの?」
「モンブラン食べたいなー」
「…アップルパイはどうした」
「そんなことも過去の俺は言ってた気がするねー」
どっちでもいいよ、僕はどっちも好きじゃないから。灰皿にぐいっ、と煙草を押し付けて火をけした幸。こいつ、意外とヘビースモーカーなんだよね、下手したら僕より吸ってるんじゃないかな。
「いきますかねー」
よっこいせ、なんて、おっさんくさいことをいいながら立ち上がるモデル様。
「幸、帽子忘れてる」
「帽子ー?俺帽子なんて被ってたっけ」
「被ってた。ソファの横、とっておいで」
ほんと目離したら死ぬんじゃないのこいつ。
行きつけのカフェは家からも仕事場からも近い。歩いていける距離だから、人通りの少ない道を選んで幸と歩く。…人通りの少ない道を歩いているのに、目立つなぁ。
無言でも気まずくない。野良猫を見つけては「にゃあー」なんて言って構いにいく幸を見つめていると、親の気分になってくる。腹減ってたんじゃなかったの。
いつもより時間をかけてカフェに向う。なんで、僕ちょっと緊張してるんだろ。
「ここー?可愛いおみせー、あ、パンケーキとかあるんだぁ、ピザ食べたい」
「なんでも食えよ、知らないよ。」
なんて会話をしながら店に入る。もう癖になってしまったのは、店に入ってすぐ店内を見渡すこと。…あの子をさがしてしまうこと。あーやだやだ。それにやっぱりいた。今は他のお客さんのオーダーをとってるみたいだけど、僕が来たことには気付いたらしい。ぱあ、と明るくなった表情が、一瞬で固まって、曇った。んん?なんで?
でも今日は幸が一緒、店内をウロウロされたらたまらないから、いつもの席に連れて行って座らせる。
「ピザにする」
「うん、そう。すきにしてって。」
「メロンソーダも飲む」
「うん。分かった。あ、ほら、オーダーきたよ。」
いつもの華やかな笑顔はどこに忘れて来たの?ってぐらい微妙な顔をしてこっちにやってくる光村くん。もう僕のオーダーは光村くんがする、みたいな雰囲気になっちゃってて、なんだかむず痒い。別に誰でもいいんだよ?…うそ。光村くんがいいです。はぁ。
「え、と、今日はお連れ様と一緒なんですね」
そんなことをいいながらじっと幸を見つめる彼、うん、気づいちゃった?そうそう、こいつね、モデルの峰打くんだよ、なんて言ったら店中が騒がしくなって迷惑をかけてしまうから、しらっとした顔で「僕はアメリカンね」と言ったら「ケーキもですね!」と返された。うん、それはね、要らないんだけどね。口元が引きつるけど、幸が食べてくれるだろうし今日は戴いておこうかな。
「俺はねー、ホットドックとティラミスー、あとカフェオレ」
「…ピザとメロンソーダはどうしたの」
「過去の俺はそんなことを言っていたかもしれないねー」
「そうですか」
幸が煙草に火をつけると、ラッキーストライクの独特な匂いが鼻をかすめる。あ、僕も吸いたくなっちゃった。こいつといると量がふえるんだよね、つられちゃってさ。
キョトンとしていた光村くんは、「畏まりました」といってカウンターの奥に消えて行った。
「ねぇーゆうちゃん、あの人ー?ゆうちゃんのオケツ狙ってる人って」
「ぶっ、!」
なにを言ってるんだ、この子は…!
どうせ店長の入れ知恵だろ、でもアホだからよく意味を理解してないんだろ、おバカ!
「違うよ。だって僕ら連絡先さえ知らないような仲なの。店員とお客さん、わかる?」
「んー。わかるー。すみませーん、注文いいですかー」
まだなにか頼む気なの、…。
よくそんなに食えるね?だからそんなに背が伸びたの?
話をぶった切られることなんてよくあることだから、もう気にしない。僕がこんなのらりくらりとしてるのは、少なからず幸のせいもあるとおもう。
幸の注文を聞くためにカウンターの奥から出てきた光村くんは、「はい、お伺いします」といって小走りでやってきた。
そして幸は注文を言った。注文を。
「メアドください」
「…はい?」
………はい?
僕も一瞬思考が停止して、長くなった灰がテーブルのうえにボトッと落ちた。そんなことも気にする余裕なんてなく、僕は今とっても頭を抱えたい。
アホだ、アホだとは思っていたけど、こいつ、なにいってるの?それメニューに乗ってないよ?
放心状態の光村くん、そりゃそうだよね、僕だってビックリして言葉が出ないんだから。そりゃキミはそんな顔になるよね。そんな僕達の気持ちなんて察することもできないアホはもう一度、にっこりと笑って言ってのけた。
「メアドください」
僕は思わず立ち上がり思いっきり幸の頭をしばいた。なに、なにいってんの!こいつは!もう!
「なにしてんのお前は!」
「メアドしりたそーだったからー」
「いってないわ!」
どうやったらさっきの会話がそう聞こえたの?!
僕たちの会話なんて聞こえてない様子の光村くんは、手に持っていた伝票に真顔で何か書き込み、ビリリッとそれを破って幸に手渡した。
そして無言でまたカウンターの中に消えて行ってしまった。いやいや、いやいや、大失態!だよ!
幸は「んー」とかいってその伝票を渡してきた。そこに書かれていたのは英字の羅列、キャスター、アットマーク、ドットジェーピー。…光村くんのメアド。
オーダーしたものは、光村くんじゃなくてマスターが全て運んできてくれた。そうなるよね、だって光村くん、気付いたでしょ?こいつが峰打幸だって。人気モデルにメアド聞かれたりなんかしたら放心するよね。
結局、マスターが運んできてくれたトレイの中に本日のケーキは無かった。ありがたい話だ。マスターのありがたい配慮も虚しく、大量に食べ物を頼んだ幸が食いきれなかったティラミスを俺が食べるハメになった。こいつほんと、一度や二度ほどぶん殴りたい。
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